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「空気階段の踊り場」という至極のドキュメンタリーについて。

「お笑い第7世代」という言葉と共に、お笑いというエンターテインメントはただの喜劇からドキュメンタリーに本格的に変わりつつある。
霜降り明星がM-1グランプリで優勝した2018年。
高校時代からハイスクールマンザイの決勝へ進出し、大学在学中にフリーの身でありながら、ピンネタでオールザッツ漫才のfoot cutバトルで史上最年少で優勝と、これ以上ないエリート街道を進み、オールザッツ漫才の優勝インタビューで「成人したらスーツを着て漫才がやりたい。」と夢と希望をいっぱいに詰めた100点の回答をした粗品。
ハイスクールマンザイの粗品のコンビを見て、「あいつらを倒したい」という野心からお笑いを始めるも、粗品とは対照的に思うような結果に恵まれず、霜降り明星結成後も圧倒的だった粗品と比較されながら「才能の釣り合わないコンビ」と周りに揶揄されてきたせいや。
そんなふたりが初出場の決勝でぶっちぎりの優勝。直後に放送された舞台裏映像で粗品は母と電話した後「立派な息子やって言ってもらえて・・・少しだけ親孝行できた気がします。」と号泣。次の週には彼らのホームグラウンド大阪・難波の劇場での凱旋ライブでは漫才中にふたりとも涙が止まらない・・・。
こんな出来すぎた青春ドラマは、単に「面白い」ではすまされないインパクトをお茶の間に残した。
エンターテインメントはなんだってドキュメンタリーになってからが本番である。スポットライトを浴びた舞台の光の裏には、その光と比例するように、見ている人間が打ちのめされるような人間のリアルというべき影が存在する。
その光と影の狭間にこそエンターテインメントの本質がある。
お笑い芸人の世界において、その狭間が最も映し出される場所と言えるのがラジオという舞台だろう。
随分と前置きが長くなってしまったが、今日は人を笑わせることに全てを捧げているはずが、濃密すぎる喜怒哀楽の全てがラジオにて溢れ出てしまい、それは文字通りザ・ノンフィクションになってしまっている空気階段という若手芸人のラジオ番組「空気階段の踊り場」についてのお話である。

TBSラジオ 土27:30~ 「空気階段の踊り場」
若手芸人「空気階段」が、人生のためになる情報をお送りする教養バラエティ。

はっきり言ってこの番組には、お日様が見えるうちに公の場で話せるような教養は一切登場しない。
空気階段というコンビを簡単に説明するなら、「20世紀の社会不適合者」鈴木もぐらと、「21世紀の社会不適合者」水川かたまりの2名によって構成されたお笑いコンビ。
借金総額700万円、好きな物は酒・ギャンブル・タバコ、度を超えた遅刻魔という絵に書いた昭和のクズオヤジのような男が鈴木もぐらである。
親からの仕送り総額1000万超、バイトが全く続かない、慶応に合格するインテリでありながらテニスサークルの新歓で内部進学組にいじられ大学へ行かなくなりそのまま中退、極度のマザコンという打たれ弱い過保護なゆとり世代を体現したような男が水川かたまりである。
(こんなふたりに既に身体が拒否反応を示して背中が痒くなっている方もいらっしゃるでしょう。そんな方にはこの番組、向いていません。今すぐこのページを閉じましょう。)

TBSラジオが主催するオンエア争奪型賞レース・マイナビ Laughter Nightの月間チャンピオンライブで優勝した特典として放送された特番回が好評を博したことで、踊り場が始まった2017年4月、彼らはまだ6年目で文字通り、何も持ってない無一文の若手芸人だった。
もぐらは家賃を滞納して家を追い出され、先輩芸人の家に居候をしているような状態で、ギャンブルをしては勝っても負けても風俗へ行き、まだ彼女いない歴=年齢のバキバキの素人童貞だったし、かたまりは後々露呈してくる人間として可笑しな部分を包み隠し、多くの芸人にありがちな「おれはちゃんとしている方だ」という意識があったように思える。

そんな彼らがラジオリスナーの間で一気に知名度を広げた事件がある。
それが2018年10月12日放送の第79回、
「水川かたまり 号泣プロポーズ事件」
である。
(アプリ・ラジオクラウドで聴けます。大きい声では言えませんがYouTubeでも聴けます。)
当時公表していなかったが実は彼女と同棲していたかたまり。結婚も意識し始めていた時期だったはずが、酒に酔い、部屋をグシャグシャにした彼に愛想を尽かした彼女に別れを告げられてしまう。
自分が下戸であることをしっているかたまりが部屋をグシャグシャにするほど酔ってしまった理由はこの年のキングオブコントで準決勝敗退に終わってしまったからだった。
あまりにも悲しき若手芸人のリアルである。
そしてフリートークの時間にこの話をもぐらにふられたかたまりは、明らかに本気でこの話をすることを嫌がっていた。放送中にもぐらは「不幸を面白く話すのが芸人の仕事でしょ。」という感じのニュアンスのことを話し、かたまりを諭すも、自ら話すことをかたまりは断固拒否し続ける。
やっと話し始めたと思ったら、
「ほんとに、、、、好きだったから、、、。」
とかたまりは号泣し始めたのだ。
かたまりにとっては、きっと芸人であることすら、放棄したくなるほどの出来事だったに違いない。何を言われようがこれだけは、誰かに笑われたくない。話すことを拒否しながらも彼女のことを思い出し、色んな思いが込み上げてきた結果、最後に1滴絞り出たひと言だったはすである。
その後一旦収録を中断し、彼女への手紙を書いたかたまりはエンディングでまたしても号泣しながら手紙を音読し、この日の放送は終わる。
笑いを取ってやろうと肩に力の入ったどんな芸人にもかっさらえない大きな笑いをラジオリスナーから取る事になった。

その後2018年の年末に特番で放送された、有吉のお饅頭が貰える演芸会で、もぐらの強烈なキャラが光る「クローゼット」というコントを披露し、サンドウィッチマンやナイツが出場する中、有吉の大いにはまったもぐらが見事優勝。
2019年の3月に放送されたガキの使いに出演した銀杏BOYZのボーカル・峯田和伸が、かつて銀杏BOYZの追っかけだったもぐらとの知られざるエピソードを話し、翌週の踊り場の放送でもぐらも初めて銀杏BOYZの話をラジオで話し、話題になった。
7月にはかつて三四郎、おかずクラブ、宮下草薙、EXITといった売れっ子をいち早く発掘してきたゴットタンの名物企画・この若手知ってんのか!? 2019にも出演。
そして9月、前年の雪辱を果たし、空気階段はキングオブコントの決勝に初出場を果たした。

彼らは踊り場のフリートークで、この時間にあった自らの仕事での出来事やプライベートでの出来事を毎週事細かに話し続けていた。それは放送開始時から放送回数180回を超えた現在まで一貫して変わっていない。
毎週毎週踊り場を聴き続けるうちに、知らず知らずリスナーの頭には彼らの生活がインプットされていく。
放送開始時、女性との交際経験のなかったもぐらは踊り場の生放送で告白した女性と付き合い、後に結婚して現在一児を設けているし、かたまりは号泣プロポーズで振られた彼女とリスナーからの非難轟々を受けながらも復縁し、昨年の番組イベントでプロポーズし、見事ゴールインした。
当初500万だったもぐらの借金は700万まで膨らんだものの、結婚を機に奥さんに財布を管理してもらい返済を本格的に開始した。バイトが続かなかったかたまりは現在バイトをしないで食べていけるようになった。
かたまりが芸人になったきっかけである爆笑問題とも共演を果たし、もぐらが青春を捧げた銀杏BOYZの峯田和伸は先月踊り場にもゲスト出演をしてくれている。

何も持っていない、未来への希望的観測だけで生きていた若手芸人が、沢山の人間のリアルに揉まれながら、着々と1歩ずつ芸人として階段を上っていく時間を、たくさんの笑いと共にリスナーに聴かせてくれる30分。
それこそが空気階段の踊り場である。
これをドキュメンタリーと呼ばずになんて呼べばいいだろう。

今年のキングオブコント。空気階段は2年連続で決勝へ駒を進めた。そして、今年は優勝決定戦であるファイナルステージまで進んだ。
準決勝で敗退したショックで起きたあれこれで全てを失った2年前。
最下位へ沈んだものの、初めて決勝へ進み、「お笑いがある世界に生まれて良かったです。」という意味不明な迷言を残し、満足気な顔で去っていった昨年。
前述したように、その間にあったたくさんのふたりの時間を共有してきたリスナーとしては、今年のキングオブコントのファイナルステージは涙無しには見ることが出来なかった。
当たり前だがこちとらお笑い番組を見てるのだから笑いたいのだ。でも無理だった。

「いやー、もう……お礼を言いたいぐらいですよ。本当に。よくぞやってくださいました!っていう。どんな思いで見ていたか。俺の周りのみんな。
たぶん銀杏BOYZのお客さんで今、30超えてる方とか。当時、もぐらくんの両脇でね、仲良かったやつらもたぶん見ていたと思うよ。あれをどういう思いで見ていたか。」
空気階段の踊り場 第183回での峯田和伸のキングオブコント2020へのコメントより抜粋

峯田のこのセリフ、きっと踊り場のリスナー全員思っていたはずだ。

冒頭で、エンターテインメントはドキュメンタリーになってからが本番だと言った。
エンターテインメントの本質は光と影の狭間にこそあるとも言った。
それはいつだって割り切れない限りなく灰色なその狭間にこそ人は心を最も揺れ動かされるからである。

そして現在進行形で進み続けるそのドキュメンタリーと共に生きることで、知らなかった世界を見せてもらい、気づけば舞台の上の彼らの人生がまるで我々の人生のように感じ、さらに心動かされるのである。

もぐらがラジオで初めて語った銀杏BOYZと自分の青春時代の話。(第103回)
かたまりが芸人になったきっかけである爆笑問題のラジオ番組へふたりでゲスト出演した際の感動話。(第113回)
バイト嫌いで酒が大の苦手であるかたまりが、もぐらの働く歌舞伎町のカラオケバーへ体験入店させられた話。(第137回)
幼少期に両親の離婚を2度経験しているもぐらが、故郷へ帰った際に数十年ぶりに1人目の親父 (通称:白鳥の親父)と再会した話。(第170回)
神回はあげたらキリがないけど、どこを聴いても笑いに包まれた素晴らしき人間のリアルがここにある。

だいぶ長くなってしまったけど最後まで呼んでいただいたあなたに、改めて「空気階段の踊り場」をおすすめしたい。
空気階段の踊り場は、笑いというフォーマットの上にある、鈴木もぐら・水川かたまりというふたりの人生そのものである。

さんぴん倶楽部 高尾 千冬