【小説】〈1〉赤毛の男

“不健全なくらいがむしろ健全”​
プロフィールに書かれたこの言葉に妙に納得して、「いいね」を送った。今頃仕事に打ち込んでいるであろう恋人に黙って、マッチングアプリなんてやっている私も充分“不健全”だ。
「おはよう」
例の男からメッセージが届いた。改めて写真を見ると、随分派手なファッションをしている。髪の毛は燃えるような赤に染め上げられていた。私からもおはようと返すと、会話が始まった。暑いだとか夏は嫌いだとか言っているうちに、話は“不健全”な方向へ行く。
「私、彼氏いるけどね。遠距離だけど」
「気にしないよ」
穴があいていれば何でもいい、とでも言わんばかりの輩にももう慣れた。

「電話しようよ」
と、私は提案した。夜になると人の声を聞きたくなる。それに口頭で話す方がずっと効率的だ。
「いいよ、酔ってるけど」
通話ボタンをタップする。しばらくして男が出た。
「もしもしぃ」
ひどく酒に酔っているようで、声が大きい。男はひとりでにペラペラと喋り出した。今日はまだこれだけしか飲んでいないだとか、アルコールが血液だとか、酒を飲まない私にはよくわからないことだ。こんなに酔った人と電話をするのは初めてだった。
「ねぇそういえば、名前なんて呼べばいいの?」
いつまでもハンドルネームで呼び続けるのは違和感があった私は、尋ねた。
「えっとねぇ、俺の名前、透けるって書いてトオルって読むの。適当に呼んで」
「透くんね、わかった」

その後も相変わらず饒舌で、男はどんどん思っていることを口に出した。世の中馬鹿ばっかりだ、やってられん、人生いいことない、楽しくない​──────派手な赤毛の酒飲み男にしては、意外と悲観的だ。
「どうせあんたも明日の朝には連絡切るんだろ」
「なんで、別に切らないよ」
「皆すぐ離れてくじゃん、あんたも同じだろ」
男は諦めたように言う。私は頑固で意地っ張りだ。こんな風に言われると、絶対に連絡を取り続けてやる、という気しか起こらなかった。
「ま、俺から連絡切ることはないから安心して。切りたくなった時に切りな」
どうせあんたも離れてく、と繰り返す男に対し私もむきになる。
「よし、じゃあ今度会おう。会う日、今決めよう」
突然の提案に男は少し面食らった様子だったが、自分の予定を教えてくれた。
「わかった、じゃあ火曜日にK駅でいい?」
「いいよ、空けとく」
「ありがとう。そろそろ寝ようか」
午前3時。話の種も尽きて、お互いに時々あくびをしていた。男は布団に横たわると、すぐ睡魔に負けてしまったようだ。欲に塗れた男であろうと寝息は無邪気なものだな、と思いながら「通話終了」の文字に触れた。 【続】

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