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リビングラボの自己評価ツールを開発!

「リビングラボの自己評価ツール」に関する論文を解説します

リビングラボに関する論文が、Journal of Engineering and Technology Management (JET-M)という国際ジャーナルに採択され、出版されました!
JET-Mは、イノベーションマネジメント系の分野では、グローバルにも評価が高いジャーナル。ここに、日本からリビングラボに関する論文を掲載できたのは、とてもよかったです!
でも、英語で10ページ以上もある論文だと、日本の皆さんにはなかなか届かない(手軽に読んでもらえない)ですよね…。ということで、この記事では、今回のJET-M論文の概要について、日本語でセルフ解説をしようと思います!(とても長い論文の解説なので、かなり簡略化しているものの、通常の記事よりも長めです。ご容赦ください。)

なお、論文の概要は以下の通りです。タイトルの和訳版も併記しておきます。論文出版(2023/11/16)から50日以内であれば、こちらのリンクから、誰でもアクセス&ダウンロードできるようです。それ以降は有料になっちゃいます。ご興味ある方は、50日以内(年内くらい?)にどうぞ!

Akasaka, F., Mitake, Y., Watanabe, K., Tsutsui, Y, Shimomura, Y. (2023) "Development of a self-assessment tool for the effective management of Living Labs", J. Eng. Technol. Manage., 70, 101783. (タイトル:リビングラボの効果的なマネジメントのための自己評価ツールの開発)

リビングラボのプロジェクトマネジメント

リビングラボのプロジェクトは、生活者(ユーザ、市民)を含む多様なステークホルダが関わる、長期的な共創プロセスとして実施されます。この共創プロセスには、共創ワークショップの準備やステークホルダの巻き込み、テクノロジーのプロトタイピング、社会実験など、一般的なサービス開発にはないような、様々な活動も含まれています。つまり、リビングラボの共創プロセスは、非常に複雑で、やらなきゃいけないことも多く、長期にわたるものであるため、効果的に進めるのは容易ではありません(リビングラボを運営したことがある方なら、よくわかっていただけるのではないでしょうか)。

Hillgren(←研究者の名前です)は、リビングラボにおける複雑な共創プロセスを効果的に進めるためには、プロセスの「柔軟な調整(flexible adjustment)」と「継続的な改善(continuous improvement)」がキモである、と述べています(注1)。つまり、リビングラボのプロジェクトの状態(=うまく進んでいるかどうか)を何らかの方法で評価し、それを踏まえて、プロジェクトの進め方を変えたり拡張したりすることが、リビングラボを効果的に推進するためには、とても大事になるのです。

でも、リビングラボプロジェクトの状態を評価するための手法やツールは、まだ、世界のどこにもありませんでした。そこで我々は、リビングラボプロジェクトの状態を自己評価(セルフアセスメント)するためのツール「SATL: Self-Assessment Tool for Living lab project management」を開発しました。

SATLの全体コンセプト

図1が、SATLの全体コンセプトのイメージ図です。
この図の通り、リビングラボプロジェクトの推進者(マネージャー)は、SATLのチェックリスト(質問項目)に対して、回答していきます。すると、その評価結果が、レーダーチャートの形式で可視化されます。このチャートを参照することで、自分たちのプロジェクトで出来ていること/出来ていないことが明確に分かるようになり、今後のプロジェクトの進め方や拡張に関する「アクションプラン」を立案することができるようになります。

このように、SATLは、リビングラボプロジェクトの「自己評価(セルフアセスメント)」を通じて、共創プロセスの「柔軟な調整」と「継続的な改善」を行う(支援する)ためのツールです。

図1:SATLの全体コンセプト(筆者和訳)

SATLの開発プロセス①:リビングラボ実践知の構造化

SATLの開発において、まず行ったこと。それは、リビングラボを効果的に進めるための知識(=実践知)の網羅的な抽出とその構造化でした。

最初に、リビングラボの実践論文(実践事例とそこから得られた知見が記述された論文)を網羅的に収集しました。今回の研究では、国際的なジャーナルや学会で発表された計691件の論文の中から、最終的には計130件の論文を収集し、その内容を調査(レビュー)しました。論文調査では、論文に記載された内容から、「リビングラボをやってみたら、〇〇に注意しなければいけないことが分かった」や「〇〇が成功要因だった」などのような、リビングラボの実践知に相当する記述を、ひとつひとつ抽出していきました。
そして、抽出した実践知について、内容が類似しているものを統合・グループ化し、知識のカテゴライズやカテゴリ間の関連付けの分析を行いました。いわゆる、「KJ法」のようなプロセスです。そういった過程を経て、「リビングラボの実践知の構造化」を行いました。

その結果が、図2の知識構造モデル(Knowledge structure for effective LL management)です。このモデルでは、リビングラボの実践知を、「プロジェクトガバナンス」「チームマネジメント」「参加のマネジメント」「デザインプロセスマネジメント」という4つの大カテゴリに分類しており、各カテゴリには、より細かなサブカテゴリや知識要素が含まれています。

図2:リビングラボの効果的な実践のための知識ストラクチャー(筆者和訳)

SATLの開発プロセス②:チェックリストの開発

次に、リビングラボのプロジェクトを評価するためのチェックリスト(質問項目)を作成しました。今回の研究では、図2の知識構造にもとづいて、合計26種類の質問項目を作成しました。一例としては、例えば、「あなたのリビングラボプロジェクトでは、プロジェクトを通じて最終的に実現したい未来社会の姿(ビジョン)を、明確に可視化もしくは言語化し、かつ、それをプロジェクトメンバー間で共有することができていますか?」のような質問項目が含まれています。
SATLを利用する際には、こういった質問項目のそれぞれに対して、「0: ほとんどできていない」「1: あまりできていない」「2: ややできている」「3: 非常にできている」という尺度で回答をしていきます。そして、カテゴリごとの平均値を計算し、グラフ上にプロットすることで、自己評価の結果をレーダーチャートとして可視化することができます。

SATLの有用性検証

今回の研究では、SATLの有用性(効果)を検証するために、リビングラボの実践(マネジメント)に関する豊富な経験をもつ実践者(計7名)に、実際にSATLを使ってもらいました。各実践者が、自分自身のリビングラボプロジェクトを評価した結果が、図3です。

図3:SATLを用いたプロジェクト評価結果

そして、その後、7名の実践者に対して、SATLの有用性や利用可能性、および、課題について広く伺うインタビュー調査(各60分程度)を行いました。

インタビューで得れれたデータを分析した結果、SATLは、特に以下のような点で、実践者にとって有用であることが分かりました。

  • プロジェクトの状態が、レーダーチャート形式で視覚的に表現されるため、自分自身のプロジェクトの改善しなければいけないポイントが明確に分かるようになる。

  • SALTには、非常に多角的な質問項目が含まれている。そのため、自分自身のリビングラボプロジェクトについて、多様な視点から内省的に振り返ることができる。そして、振り返りがうまく進むことで、自分自身のプロジェクトに対する新たな気づきや発見が生まれる。

一方、インタビューからは、SALTにはいくつかの課題があることも分かりました。このあたりは、今後の研究で徐々に改善していこうと思います。

  • リビングラボプロジェクトの「境界」が曖昧だと、チェックリストに回答しづらい。(例えば、「プロジェクトメンバ」という言葉がどこまでの参加者を含むのか?など。)

  • あくまでも自己評価ツールであり、評価を行う実践者の見えている範囲での評価結果であることに注意すべきである。

まとめ

今回の論文では、SATLというリビングラボの自己評価ツールを開発し、その有用性を検証しました。これまで、リビングラボのガイドブック/ガイドラインはいくつか提案・開発されていますが、SATLのような、プロジェクトのアセスメントとその結果にもとづく、システマティックな共創プロセス・マネジメントを可能にする手法やツールは、世界的に見ても新しいものだと思っています。

今後は、SATLを、様々な地域や実践者の方々に使っていただき、そこからフィードバックを踏まえて、よりよい手法やツールにしていけたら、と思っています。そういった、ツールの試用や普及を実現するために、SATLを使ったリビングラボのセルフアセスメントを行うための、日本語版のPDF冊子(PDFのみ)を作成しています!
近日中に、LLLのWebサイトで公開し、noteでもご紹介したいと思います。
ツール公開まで、もう少しだけお待ちください。

Fumiya Akasaka (AIST)


注1:Hillgrenの研究について、より詳しく知りたい方は、少し前の論文ではありますが、こちらをご参照ください。
Hillgren, P.A., Seravalli, A., Emilson, A., 2011. Prototyping and infrastructuring in design for social innovation. CoDesign 7 (3–4), 169–183. https://doi.org/10.1080/ 15710882.2011.630474.


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