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人間関係構築術。19「鳥瞰的視座に立つ」

19回目です。ナインティーンブルースです。
実は…
18回目の更新後、間の1日を書き落としてしまいました。
宿題やってない言い訳をする子供みたいなことを言いますが、その日、本当に、書くつもりではいたんです。実際、「自己紹介」と題して、この記事のひとつ前に更新してあります。あれは途中まで書いていたものに追記をして、昨日更新しました。
ではなぜ、書くつもりがあって、途中まで書いておきながら、書き落としたのか。
その原因は簡単に言うと「コミュニケーションを優先したから」です。

noteって、連続更新していくとバッジが貰えますよね。
ごほうびがあれば欲しいのが人情で、それほど貪欲にnoteを更新するつもりでやっていなかったのですが、ついつい「連続投稿!」のバッジの輝きに目が眩んで、毎日書き連ねていました。だから、当然「今日更新しなかったら、連続投稿のバッジが貰えなくなる」ということも理解していました。では、連続投稿のバッジ獲得より優先されるほどのコミュニケーションとは何だったのかと申しますと、それはズバリ妻とのコミュニケーションです。

これは僕の中で、連続投稿のバッジ獲得よりも優先されるべき事項でした。別段喧嘩をしたわけでもないし、1日の会話がぎこちなかったわけでもないし、ただ何となく「ここでコミュニケーションをしっかりとっておかないと、後々大きな事件を引き起こしそうだな」と直感したからです。僕はその日、その直感に従って妻とたくさんお喋りをすることにしました。その中身は他愛のないものでしたが、食事をしながら楽しい時間を過ごせました。

この時僕は、無意識のうちに鳥瞰的な目線に立って「今後の妻との関係」を見ていたんだと思います。かなり上空から、豆粒ほどに小さくなった市街地の地図としての夫婦関係を。もちろん、街通りの細かな部分まで良く見通せるわけではありません。「あの曲がり角を曲がったら、水道管が破裂して水浸しになってるから右折するのは良くないな」とか、「真っ直ぐ進むと巨石が道を塞いでいて通れないから右折だな」とか、具体的にどんな障害物やトラブルが待ち受けているのかを、事前に察知して最良のルートを選択している確信はない。ただ何か、この道を辿ると黒い塊が待っていそうだとか、何となく景色が霞んで見えるとか、うまく説明できない第六感的なセンサーに引っかかるんです。とにかくその日は、妻とのコミュニケーションが最優先だと僕の中の計器が告げた。それに従いました。

鳥瞰的な視座は、見下ろす市街地の細部がどうなっているかまでは良く見えません。
しかし、

全体図を把握した上で「この辺はなんかヤな場所だな」というアタリをつけることはできます。

無意識的な「鳥瞰図」から、意識的に危機を察知して回避する。
これは何だか、色々なことに応用が効きそうな気がしてきました。思いついたらまた、追記します。

読んでいただきありがとうございました。
読んでくださったあなたの、束の間の暇つぶしになったのでしたら幸いです。

それでは、また。

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