見出し画像

「建物の寿命について」

「古い」というと何年前くらいを想像するだろうか。5年前?100年前?応仁の乱だと550年前くらい?このトップの写真は、大阪の都心にある古代難波宮の跡地で、だいたい1300年くらい前のものだ。これは間違いなく「古い」だろう。

今日は「古い」とは何か、という話をしてみようと思う。


世界で一番古い街はシリアの首都ダマスカスだと言われる。だいたい1万2千年くらい前からずっと人が住んでいるらしい。あの辺のエリアというのは気が遠くなるくらい古い話が多い。エジプトの「新王国」というのは「新」と言っているのに今から3,000年前に滅亡した国である。私がテヘランの博物館でうっかり蹴飛ばしそうになった壺には「BC3M」と書いてあった。紀元前2千数百年クラスのものがそのへんに転がっていることの方がおかしい、と思いながらも間違って蹴らなくて心底ホッとした思い出がある。

さてイスラエルのイフタフ遺跡という場所からは、コンクリート造の建物が出土していて、その9,000年前のコンクリートの強度測定をしてみると40N/mm2だったと言われている(※2)。いま中学校の教科書では分かりやすく「1Nは100gの力のこと」と教えているのでその換算を使うと、9,000年前のコンクリートは1mm2(1平方ミリメートル)あたり4kgの力に耐えられる強度があったことになる。

現代の日本で使われている普通コンクリートは、Fc18〜36、つまり18N/mm2〜36N/mm2、1mm2あたり1.8kg〜3.6kgの強度だ。つまり、ちゃんとした品質のコンクリートであれば9千年経っても現代のコンクリートの強度と変わらない、ということだ。

図1 コンクリートを施工しているところ(もちろん現代の写真、当社物件)

なんでそんなに耐久性が高いのか?コンクリートはもともとドロドロの液体状で、それが固まって出来る。「乾く」のではなく、水分とセメントが化学反応して固まる。ちゃんと固まるまでに、一般的には1ヶ月かかる。コンクリートの強度というのは(他の基準強度ももちろん色々あるのだが)、作ってから4週間・28日後の強度のことを言っている。それが、現代だと1mm2あたり1.8kg〜3.6kgということ。ここで、コンクリートの特徴が絡んでくる。コンクリートは、竣工直後はまだ最強になっていないのだ。「新品こそ最高」ではない。1ヶ月後、というのはまだ強度が強くなりつつある途中段階にすぎない。コンクリートの場合、竣工した時点が最強ではなく、そこから年月を経るにつれてどんどん強度が上がっていくのだ。というのも、コンクリートの中のセメント粒子は表面から徐々に水と反応して固まっていくのだが、1ヶ月程度ではまだ全然、全部のセメントが水と反応し終わっていないため、竣工後も徐々にコンクリートの中の水とセメントが化学反応し続け、どんどん強度が上がり続けていく。

図2 小樽の古い建物

では、コンクリートの強度が最強になるのは何ヶ月後だろうか?この答えは「環境によって異なる」が正解で、波打ち際などの過酷な環境だと別の理由(アルカリシリカ反応や浸食など)によって10〜20年で劣化が始まる。それでも10年だ。これに関しては、1896年から100年間コンクリートの強度試験を続けた「小樽港百年耐久性試験」という有名な実験があり、20年目くらいまで強度が上がっていき、その後徐々に強度が下がっていき、100年後にだいたい新築時点と同じくらいの強度になっている、というグラフがある(私が参照した資料では80年目以降は予測値)。しかもこれは、港湾というかなり過酷な環境でのデータだ。一般の建物については、文献を引用すると「いずれの試験結果からも、強度低下があるとすれば100年〜1000年のオーダーで生じると考えられる。※3」とある。1000年とは、つまり、もし平安時代にコンクリートの建物を作っていたら、いまそろそろ強度低下が始まりますね、ということ。いま建物を作ると、西暦3000年頃に強度低下が始まる計算になる。むしろその時代にまだ人類が生きていることを願いたい。


と、ここまではあくまでコンクリート本体、つまり「無筋コンクリート」の場合の話だ。現代の建築で主に使われているのは「鉄筋コンクリート」なので、その基礎的な説明をしておく。

コンクリートや石というのは、押してもなかなか壊れないが、引っ張ると簡単に壊れてしまうという特徴がある。これを、圧縮に強く引っ張りに弱い、と表現している。「曲げる」という力は、材料力学的には押す力と引っ張る力が両側で同時に発生する現象なので、コンクリートを曲げると引っ張り側が割れて壊れてしまうということになる。一方で、鉄筋や鉄骨というのは細い棒であり、引っ張ってもなかなか千切れないが、押すと簡単に曲がってしまう。これを座屈と呼んでいる。その上で、モノは暖かくなると膨らみ冷たくなると縮む性質があるが、たまたまコンクリートと鉄筋はこの温度変化の伸び率がほとんど同じだ。

なので、コンクリートと鉄筋や鉄骨を組み合わせて、コンクリートと鉄筋が密着し(これを付着と呼ぶ)、引っ張るときは鉄筋が引っ張られることで支え、押されるときはコンクリートが押されることで耐える、そういうハイブリッドになっているのが鉄筋コンクリート(あるいはその高級品の鉄骨鉄筋コンクリート)という技術である。ちなみに「鉄筋」は英語で”reinforcing bar”、直訳すると「補強している棒」であり、あくまでコンクリートがメインでその補強のために棒(鉄筋)を入れているという考え方がよく伝わる。

図3 施工中の鉄筋を検査する(当社物件・住宅瑕疵担保責任保険の配筋検査)

鉄筋や鉄骨をコンクリートで包むことはもう一つの効果があって、鉄は簡単に錆びてしまうのだが、たまたまコンクリートの中には鉄が錆びないようにするアルカリ性の成分がもともと入っていて、コンクリートの中の鉄は錆びなくなる。ただし、大きなひび割れがあったり、コンクリートの中に塩分が混じっていたりするとその効果がなくなり、鉄筋が錆びてしまう。あるいは、空気中の二酸化炭素とコンクリートの成分が化学反応して、表面から徐々にコンクリートのアルカリ性が失われ、やがて中の鉄筋の錆止めの効果がなくなる場合もある。鉄は錆びると体積が大きくなるので、そのせいでコンクリートが割れてしまう。鉄筋コンクリートが老朽化して割れる問題は、たいてい中の鉄筋が錆びてしまうことによる。ただし、割れや有害な成分を排除したり、コンクリートをなるべく濃く(密実に)作ってひび割れを抑制したり、タイルや塗装・透明の塗装などで表面をカバーして表面が空気と直接触れることを遮断したり、あるいは十分にコンクリートを分厚くして構造上必要な深さまで悪影響が到達しないように工夫したり(かぶり、と呼ぶ)するなどの工夫で鉄筋の錆を抑制して、どんどん鉄筋コンクリートの寿命を無筋コンクリートの寿命に近づけていく努力はできる。一般論として土木のエンジニアはこの方法を真剣に考えている。つまり、一言で言うと、鉄筋コンクリートの寿命は鉄筋のせいで短くなっている。

図4 重力式ダムという巨大な無筋コンクリートの固まり

建築や不動産だけの話を聞いていると勘違いする人がいるのだが、別に無筋コンクリートというのは、鉄筋コンクリートより安物で品質が悪いという話ではない。引っ張り応力さえ発生しない構造であれば、むしろ無筋コンクリートの方が超長期で品質が高いので、現代ではダムなど主に土木分野で使われている。たかが100年でダムが決壊されては困る、やはり一千年は持つつもりで作りたい、となるとコンクリートに鉄筋を入れない、本当に大きいものは無筋コンクリートで作るという選択が合理的になる。

とはいえ、高度成長期は、(あえてヒドい言い方をするなら)水で薄めたじゃぶじゃぶのコンクリートに海水混じりの砂を投入するような作り方をしていたので、寿命が短い。1950年代や1960年代に作った建物がさっそく1980年代には中の鉄が錆びまくって老朽化する、という出来事が起きてしまった。そのせいでたとえば「築30年」と聞くと結構古いね、という印象になってしまった。木造は本当に30年くらいの寿命のものがあるので、そのイメージと合わさって、30年〜40年くらいが建物の寿命かな?というような社会的認識が一般化してしまった。これは、品質が悪いものを作っていたから寿命が短いのであって、別に鉄筋コンクリート自体が本来そんな30年で劣化するようなものではないのだが、いわば「社会的寿命」が3、40年になってしまったということだろう。


さて、コンクリートの寿命は最初に述べたように少なくとも9,000年持つことが実証されているのだが、鉄筋を入れることによって寿命は少し短くなる。経産省の白書を引用すると、鉄筋を入れることによって「これによりコンクリートの寿命は数十年から数百年に短くなってしまいました。」とある。それでも、数百年である。日本で本格的に鉄骨鉄筋コンクリートのオフィスビルが普及し始めたのは意外と古く1920年代なのだが、当時のオフィスビルのうち1922年築の商船三井ビルという名建築は、阪神大震災が直撃しても耐え、いまでも使われているという実例がある(神戸市内には他にもいくつか戦前の建物が大震災に耐えて残っている)。話の最初に戻るが、私は100年前というのは、あまり「古い」とは思わない。日本の6大都市ではこうしたオフィスが立ち並んでいて電車が走りラジオが放送されていて既にファックスがあった時代、ほとんど現代と変わらない生活をしていた時代だ。

図5 神戸商船三井ビル(築100年の鉄骨鉄筋コンクリート造オフィス)

鉄筋コンクリート・鉄骨鉄筋コンクリートの建物は、ちゃんと作れば100年は持つ、と考えてよい。それを3、40年で壊して建て替えるというのはストックの破壊であり、日本の生産性を下げている要因でもある。


さらに言うなら、ちゃんと作った鉄筋コンクリートの建物は100年使えるのに対し、投資物件として売られるときの利回りは、回収年数に換算すると東京都心でもせいぜい35年程度、当社が販売している物件で25年程度なので、残りの70年以上はタダでプラスの利益が得られ続けるということになる。200年使えるとしたら170年分だ。9,000年だとしたら・・・(以下略)。賢明な投資として、いまからその70年分・170年分のリターンを取りに行くことを真剣に考えた方がいい。そういう社会的な意図もあり、うちの会社は安物ですぐに壊れる家をたくさん売るではなく、長持ちする家を割と厳選して作って売ろうとしている。

図6 イギリスの家(古都ヨーク)

私の先輩がイギリスの古都ヨークで住んでいた家は築200年くらいで、周辺にはそういう住宅がザラにあった。新しく住宅を作る労働力や資本投入を行わなくても良質な住環境を得つづけることができるので、国や街全体で見ればその分の労働力・資本を他の分野(たとえば金融やITや著作権などの無形資本形成)に投入することで国全体の競争力・資本サービスを増大させることが出来ている。日本は地震があるから無理、という話ではない。先ほど例に挙げた神戸の商船三井ビルのスペックでコンクリートを作ればいいだけの話だ。ストック化というのは、ただの「もったいない」精神ではなく、経済成長に関する話なのだ。逆にスクラップ・アンド・ビルドの経済というのはカフェインの大量摂取みたいなもので、一瞬すごく元気にはなるが、長期的には体を、つまり国力を痛めつけている。それを止めよう、というのがSDGsでありESGの考え方である。「タバコをやめなさい」というのと同じで、分かってはいても短期的には嫌なことかもしれないが、やっぱりやめたほうが自分のためにいいこと、と同じであろう。


図7 当社クアドールシリーズ(鉄筋コンクリート造の建物シリーズ)

コンクリートの話題に戻ると、現代では、標準=50年、長期=100年、超長期=200年、などとしてグレードを決めて設計されている。これは最低限の目安なので、実際には「標準」の場合、平均65年くらいで劣化が始まるとされている。今年2022年に新築した鉄筋コンクリートの建物は、標準の場合、だいたい2087年くらいまでは安心して使える。ちゃんと密実に作られていれば、前述の通り100年は持つだろう。もし超長期で設計されていた場合は23世紀前半に劣化が始まる目安だ。ドラえもんは22世紀製造として有名な製品だが、一説によると耐用年数50年らしいので、いま超長期のコンクリートで作られた建物は(タイムマシンを無視すれば)ドラえもんよりも長生きする計算になる。この期間の区分は建築の設計図書の中で普通は「特記仕様書」という書類に書かれているはず(強度の数値で示されている場合もある)なので、不動産を買うときにはそこも注目して見てみるとよいだろう。さすがに9,000年持つ無筋コンクリートで作られている建物は日本には無いと思うが、コンクリートの建物の寿命を3、40年だと思い込むことはやめた方が賢明である。最初の話題に戻ると、我々は、「古い」という感覚の時間軸を、もっと長くするべきなのではないだろうか。

その上で、しっかりと作られた建物を選んで、それを早く劣化させないように修繕をこまめに行い、自分のひ孫くらいの世代に残すことを考えることが、本当に賢明な投資だと私は思う。



当社プロパティプラス公式ページ



参考文献:
※1 複数個所
経済産業省コラム
https://www.mlit.go.jp/hakusyo/mlit/h25/hakusho/h26/html/n1133c10.html
※2
IHI 技報 Vol.50 No.4 ( 2010年 ) p.21
https://www.ihi.co.jp/var/ezwebin_site/storage/original/application/31af4284e79512d009c1f25c4bfc99bc.pdf
※3
「総論 建築分野におけるコンクリートの耐久性に関する基準の変遷」桝田佳寛
「コンクリート工学」 公益社団法人 日本コンクリート工学会  2011 年 49 巻 5 号 p. 5_15-5_20
https://www.jstage.jst.go.jp/article/coj/49/5/49_5_5_15/_article/-char/ja/

図版出展:
photoAC 全て筆者の有料アカウントによりダウンロード
「ビルに囲まれた古代の宮殿跡」 ID:2563869、note規定により筆者トリミング
「【北海道】小樽運河」 ID:23248719 
「英国の古都ヨークの城壁散歩」 ID:4954076
「神戸夜景 三井ビル」 ID:26990
「田子倉ダム 発電所」 ID:3531837
その他画像:リビングコーポレーション、一部筆者加工

(その他注意点:文中の年数および強度に関する事項は、一般的な普及技術についての説明のためのものであり、当社物件の品質について(たとえば9,000年後の強度など)の保証を与えるものではありません。)