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Vol.42 子どもの純真さは親の被害者意識を打ち破る


bonjour!🇫🇷 毎週金曜日更新のフランス滞在記をお届けします。
今日は前回に引き続き、コロナウィルスの出現でアジアが騒然となっている時のフランスでの生活について。


ブラックジョークにせよ、「あなたは中国人?」「コロナウィルスもってないよね?」的なことを言われ、あの時は笑ってやり過ごしたけれど悶々とした気持ちが残った。あぁ本当はショックだったんだな、わたし。

時を同じくて、偶然、日本にいる家族や友人から「そっちではアジア人差別がひどいようだけど、大丈夫?」とメッセージが届く。あぁ。アジア人差別。ニュースか何かを見たのだろう。

こういう時、一番やっちゃいけないのが〝ネットサーフィン〟でしょうが、こういう時だからこそやってしまう、ネットサーフィン。たまにポカンとした時間ができてしまうと、ついつい指が向かう先はスマホのニュースサイト。そこで目に入ってきたのは、

アジア人差別。

という言葉。

・・・

アジア人

差別

・・・


フランスでアジア人だと差別を受けることがある、という話は聞いていた。だけど、子どもにやさしいフランスで子連れなこともあったからか、はたまたわたしが差別意識に対して鈍感だったからか、大変なことはいっぱいあったけれど、現地で生活をしていて差別的なものを感じたことはこれまで一度もなかった。わたしはフランスでの生活が好きだった。

けれど、もう頭の中には「アジア人」「差別」という言葉が巣食っていたので、ニュースサイトを見れば見るほど、まるで自分がものすごく過酷でおそろしい状況にいるのではないか、という錯覚に陥った。現実世界ではそんなことはないのにもかかわらず、ありのままを感じさせるセンサーを曇らせていく。

そうしたら、いつもの大好きなフランスでの生活が突然おそろしいものに見えてきた。


まず、いつも通っていたあのお肉屋さんのドアが開けられない。ご飯作りに疲れた時にフラッと立ち寄っていたイタリアンのお惣菜屋さんのドアも開けられない。

タバコを吸いながら若い二人がこっちをみて笑っている。いつもなら微笑み返して挨拶を交わしていたのに、もしかしたらわたし達の悪口を言っているのではないか?と思えてしまう。

いつも行くスーパーでレジの人が釣り銭をちょっと間違えた。いつもだったらフランス人って大雑把だからなぁなんて思いながら、「足りないよ」と言ってやり過ごすところ、そこに「・・わたしがアジア人だから?」という被害者妄想が挟まってきて相手のやっていることの裏にいちいち悪意があるように感じてしまう。そのレジの人は会計中、娘にかわいいねかわいいねと色々と話しかけてくれてお菓子をくれたりもしていたのに。

そんなことをやっていたら、家から出られなくなってしまった。アパルトマンのリビングの窓越しに美しく澄み切ったフランスの空を見ながら、でも下の階に降りる勇気がどんどんなくなっていく。そんな母親の気持ちを知ってか知らずか、娘はお外に行こう、行こう、なんで行かないのよ!と癇癪を起こしている。

今思うと、あの時の不安な気持ち、夫ともっと共有できていたら楽だったんだろうなぁ。


リビングにいると遊ぼう遊ぼうとせがまれるので、あれこれと室内でできる遊びを考えたりしたけれど、ある日ものすごく疲れてしまって寝室へ行き、布団に包まった。娘はなんで、なんでよ!と追いかけてくるけれど、もう限界だ。

「ママ起きて!」
「ちょっとだけ休ませて」
「いやだ!!」

という押し問答をなんどか繰り返したのち、ぼろぼろと涙が出てきた。すると、はたと娘の癇癪がやんで「どうしたの?ママ・・?」と猫撫で声でわたしが包まっている布団を外からすりすりと擦る音がする。その様子にさらに罪悪感でいっぱいになったわたしは、いたたまれなくなってきて、ごめんごめんと言いながらひとしきり泣いた後に、あぁこれではいけないと思い直して布団から出てみた。娘は横で疲れ果ててすやすやと眠っていた。


これではいけない。
明日は、外へ出よう。


次の日、夫を仕事に送り出してから娘と一緒に近くの公園まで歩くことにした。でも、今日はとても寒い。肩をすぼめ、両手を擦りながらゆっくり歩く娘に歩調を合わせていると、彼女はトラムに乗りたいと言った。時刻表をみるとあと数分で公園方面へ向かう次のトラムが来るようだ。

トラムかぁ・・最近避けてきたなぁ。

と躊躇しながらも乗ってみることにした。トラムが来る時間が近づくと駅には一人、また一人と人が増えていく。わたしは少し緊張してきて、逃げるように人の少ないところを探して動いた。存在を消すように、誰とものかかわらないように。


すると、いつもはわたしの後ろでじっと様子を見ていた娘が急に大声で叫んだ。

「ボンジュウ!こんにちは!」

そして、自分のお名前とはっきりと声に出した。


周りにいた女性がニコニコしてフランス語で話しかけてきてくれて、娘も一生懸命日本語で喋り返している。どこからきたとか、日本ではどんな場所に住んでいて、何が好きで、パパは今何をやっていて、ママのこんなところが怖いとか(笑)。

あぁそうだ。前にもこんなことがあった。この地にきてすぐの頃、借りていたアパルトマンの給湯器が破裂して家中が水浸しになった時。半ば諦め気味で後はどうにかしてよ的になっていたオーナーさんを動かしたのは彼女の一声だった。

フランスに来る前からそうだった。普段はじっと大人の肩越しに世の中を見ているけれど、大人が窮地になったときに急にフッと出てきて場を大きく動かすようなことを子供ってやってのけるのだ。

そうか。わたしは一人で相撲をとって、勝手に右往左往していただけで、わたしの頭で考えてどうにかしようと思っていたことって実はほんとうに小さなことだったんだ。

そう気づくと、自分で自分にかけていた被害者バイアスがどんどん解けて行って、目の前にはわたしが好きないつものフランスの風景が広がっていた。だけど心なしか、その日の空気はいつもよりも綺麗に感じられた。

そしてトラムに乗り込むと、まだここへ来たばっかりの頃、子供がご迷惑かけて、と謝ってばかりいたわたしに「謝るんじゃない」と諭してくれたマダムのことを思い出した。そうだ、気をつけないとわたしはすぐこのモードに入ってしまうのだ。


フランスにいたとき、悲惨なことがすごく大きくトリミングされて日本のニュースで報道されてしまう点に違和感を覚えた。そして、現地生活とのものすごく大きなギャップを感じた。報道という特性上それは仕方がないことかもしれないけれど、それだけが全てではない。

確かに、アジア人差別はあって被害に実際に遭われ、悲しい想いをされた方もいます。そしてこのコロナ禍で普段抑圧されていたそれらが色濃く出てきた事実もあるでしょう。

だけど、それだけが全てではない。

なかなか報道にはのってこないけれど、こういう状況だからこそ助け合えたり、優しさをもらったことだってあって、現地で生活をしながらブログなどで綴っている人だっているのだ。だからちょっとびっくりするような海外のニュースを目にした時、わたしが次にするのは「現地で暮らす人の感じはどうなのかな?」とブログなどを辿ってみること。事実を事実として受け止めると同時に、それだけが全てはないものが弾かれていやしないかと、フランスで生活しながら日本での報道を見ていて思ったからだ。

それだけが全てではない、ということはごくありふれた人々の営みや生活、やりとりの中にこそあるんだと強く思う。だから、こうして滞在記を書いています。



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