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112.お米を食べながら泣いたあの日|Stay Home編①

bonsoir!🇫🇷 毎週金曜日更新のフランス滞在記をお届けします。コロナの足音が迫り来る中、四ヶ月間暮らしたフランス・グルノーブルの地に別れを告げ、日本に帰国したわたしたち。今号は久しぶりの我が家でご飯を食べた時の一コマ。


成田空港から我が家へ向かって走らせる車が暮らし慣れた集落にどんどん近づいていく。ここを離れ海外で過ごした四ヶ月という時間は、旅行というには長く、生活というには短い。旅行から帰ってきてホッとする感覚でもない。久々に帰省したような懐かしい感覚でもない。ちょうどその間の、曖昧で不思議な感覚がこんこんと湧いてきた。

日本って、こんなに電線が多かったんだな。
左ハンドルの車がなんだかぎこちないな。
空はこんな色だったっけ?
こんなに包まれている感じ、閉塞感があったっけ?
こんな風に時間が流れていたんだっけ?

海外滞在から帰ると、日本が小さく見えたり色あせて見えることがある、と何かのブログで読んだけれど、こういうことなのだろう。これはきっと、体の半分がまだフランスから帰ってきてないからなんだろうな。

駐車場に車を停めて外に出ると、土と煙の匂いがした。あぁこれがこの土地の香りだったんだ。家の鍵を開けガラガラと昭和らしい作りの玄関の扉を開けると、ふわりとしたヒノキのような木の香りと畳のイグサの匂いがした。あぁこれがこの家の香りだったんだ。天井がずいぶん低いな。障子からもれる灯はこんなに優しいんだな。あぁこれがわたしたちが住む家だったんだな。

空は少しずつ暮れかかり、淡い淡い黄昏時。荷物を下ろし、荷解きは後回しにして、家族三人ゆっくりゆっくり近所の田んぼのあぜ道を歩いた。あぁわたしたちが住んでいるのはこんなに美しい里山だったのか。ここを歩くのに、外出許可証は必要ない。銃を持って取り締まる警察や軍隊も歩いていない。体が、ちょっとずつちょっとずつ、日本に帰ってきている。

その日の夜だったか、次の日だったか。友人が届けてくれたお米を炊いて三人で食べた。フランスでも日本色が恋しくなった時、お米を買って家で炊いていたけれど、やっぱり、やっぱり違う。この土地で育った米をこの土地の水で炊いたものと、フランスで食べていたそれとはまったく違う。単純に美味しいとか美味しくないとかではなく、この土地の味がする。

「…帰ってきたんだね」
「うん…帰って来れたんだね」

つやつやと照る米を噛みしめながら、家族みんなで泣いた。やっと、みんなで泣くことができた。


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