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68分のMV――「数分間のエールを」レビュー&感想

Hurray!と花田十輝が送るオリジナルアニメ「数分間のエールを」。MV製作に没頭する少年を描く本作はしかし、私達を長編アニメの世界に誘わない。


68分のMV

朝屋彼方はMV(ミュージックビデオ)製作に没頭する日々を送る高校2年生。彼はある日ストリートで一人の女声が歌う歌に強く心を動かされるが、それはなんと彼方の高校に新しく赴任した教師・織重夕であった。夕の歌のMVを作らせてほしいと頼み込んだ彼方は、昼夜を忘れてその製作に没頭するが……

アニメ映画のラッシュが続く2024年初夏、6月14日に上映が開始された「数分間のエールを」。本作のメッセージは極めてシンプルだ。どれだけ全身全霊を込めても自分の伝えたいものが100%届くことはなく、けれどそれは受け手が自分の気付いていなかった部分に気付かせてくれる可能性でもある。モノづくりの世界は正解の無い世界――観終えた当初私が考えた本稿のタイトルは「正解を否定しろ」であった。だが、いざ書き始めてみるとそれだけでは何かが足りないように感じた。主人公の彼方の台詞を借りるなら「なんか……なんかなんだよなあ」だろうか。そう感じたのはおそらく、メッセージを受け取るだけでは「正解」にしかならないからだろう。正解の無い世界を描いた作品で正解にしがみつくだなんて、これほど馬鹿げた話はあるまい。ならば私もまた、本作について書くなら正解から外れた何かを書かねばならないはずだ。

上述したように、2024年初夏はアニメ映画が1週1本以上のハイペースで公開される異様なシーズンである。他の時期だったら観に行ったけどちょっと疲れてしまったので見送った作品がある、という人も少なくないかもしれない。かくいう私自身、当初は本作の鑑賞にはさほど乗り気ではなかった。それでも最終的に足を運んだのは、近くの映画館で上映されたことと有名脚本家である花田十輝の名がクレジットされていたこと、そして何より3DCGによるアニメーションが他のアニメ映画とは違った存在感を放っていたためだ。

本作の製作の主体となった「Hurray!」は、ぽぷりか氏を代表とした新進気鋭の映像制作チームである。フリーの3DCGソフト「Blender」を使用し、ロックバンド「ヨルシカ」の楽曲のMV製作などを手掛けてきた。つまり京都アニメーションやMAPPAといったアニメ制作会社とは大きく出自を異にする存在であり、その特徴は長編アニメ映画という同じ土俵に立ったはずの本作でも顕著に現れている。例えば劇中では主人公の彼方がスマホの位置情報を元に夕の現在位置を探ろうとする場面があるが、他の作品ならおそらく段取りを説明するであろうところを本作はアプリに表示された位置情報がそのまま移動するような映像でスピーディかつ手際よく済ませてしまう。また感情豊かな性格である彼方は物語が進む中で様々な表情を見せるが、コミカルな場面などでのそれは感情表現としてシンボリックで分かりやすいものだ。本作の上映時間が68分とやや短めなのは、このように短時間かつストレートに意図を伝える表現が多用されているが故でもあるのだろう。すなわちこの作品を目にする時、私達はいわゆる長編アニメ映画のスピード感でスクリーンを観ていない。どちらかと言えばここにあるのはメッセージ=歌と共に流れる映像……そう、MVのテンポである。

公式MVが動画サイトで投稿されるのが当たり前になった現在、その数分の映像に求められるものは端的さである。別に底が浅いだとかいった意味ではなく、そこに在るものを圧縮しなければ映像が曲(メッセージ)に置いていかれてしまうのだ。逆に言えばテンポさえ保てれば物理法則はいくらでもねじ曲げることが可能で、だから本作の世界には検索エンジンのサーチ結果が当たり前のように表示されるし、MV製作のツール操作に彼方が没頭する瞬間は特別さこそあるがシームレスで、そこには別世界にダイブするようなある種の「もったい」が無い。数十年前のアニメと比べれば驚くべき加速ぶりだが、現代ではむしろこれがスタンダードな時間感覚なのだろう。言葉にしてしまえばシンプルな本作のメッセージはきっと、MVをホームグラウンドとする映像制作チーム独特のテンポと共に体感しなければ本当に味わうことはできない。

MV製作を通して本作が見せる世界、それはいわゆる長編アニメ映画のそれではない。新世代の意識とテンポで描かれた、68分のミュージックビデオこそが「数分間のエールを」なのである。

感想

以上、「数分間のエールを」のレビュー&感想でした。なんというか、自分が若者でないのを改めて感じる作品だったなと思います。MVを見る習慣が全然ないし、動画サイトのアニメ感想も文章に比べてまどろっこしさを感じてしまう私はこの「テンポ」にまるでついていけてないのだろうなあ。
年齢を重ねていくと過去と現在がどうズレているかを認識すること自体が困難になっていきますが、その貴重な機会を本作にもらえたような気がしました。そのことに心から感謝したいです。ありがとうございました。

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普段はTVアニメのレビューを1話1話ブログに書いています。2024年夏は「負けヒロインが多すぎる!」「しかのこのこのここしたんたん」「真夜中ぱんチ」の3作をレビュー予定。

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