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かつて天才だった俺たちへ

仕事を辞めてから、早1年が過ぎていた。

前職は度重なる残業で日付超えての帰宅が当たり前。
上司からの圧力、セクハラ、パワハラ。
1年であっという間に体調を崩し、1ヶ月で2度も入院をしてしまった。

医者から入院することを勧めますと言われた時、私は仕事があるから帰ると断った。
断られると思ってなかったのか、このまま進行すると全身に菌が回って死ぬかもしれないから、通院してもいいけど、入院した方がいいですと再度言われた。

もう既に発熱で何度か仕事を休んでいたので、これ以上休んで迷惑がかかるのが耐えきれなかった。
入院するにしても、どうしていいか分からず困惑した私は、唯一近くに住んでいた姉に電話をした。

姉の第一声は、お金どうするの?だった。

その一言で、堪えていた何かが崩れたのが分かった。
休んだ時に上司に嫌味たらしくグチグチと言われたのも、姉に体よりお金の心配をされたのも、数日前に恋人と別れたのも、遠い土地にいる親に頼るのも、体が重くて寒くて頭が回らないのも、何もかもが嫌になってしまった。

ぶつっと、電話を切る。
点滴が終わったら、家に帰りますと医者に告げた。
解熱剤を飲んで、無理やりにでも仕事に行こう。
感染症の類ではないし、仕事に行けば文句を言うやつはいないだろうと、そう思ったのだ。

電話を切ってすぐ姉から何度も折り返しがあった。
ごめん、言い方が悪かったね、大丈夫?とLINEもあった。
気をつかえるほどの体力はなかったので、全部無視した。

点滴が終わると、迎えがあるので大丈夫ですと看護師に嘘をつき、救急車の代金を窓口で支払った。
40度あった熱は38度まで下がったが、駅まで歩くのにフラフラになった。
電車ががら空きだったのと、家まで数駅だった為電車の椅子に倒れ込んでしまった。
すると数分後くらいに肩を叩かれ、寝ないで下さいと強めに車掌さんに言われた。
誰も居ないんだから、体調が悪いんだから寝かせてくれればいいのにと、自分が無理やり帰ったくせにイライラした。

最寄り駅に着くと、急に吐き気を催しトイレに駆け込んで吐いた。
家まで到底歩けなくなり、10分の道のりをタクシーでどうにか帰った。

そこからの記憶は朧気だ。
気付かないうちに朝を迎えていた。
幸いにも病院へ行ったのが休みの前だったので、解熱剤を飲んでひたすら寝ていた。

ふと気付くと姉の声がした。
気付かなかったが夜まで眠りこけていたらしい。
心配になり家に来たところ、応答がなくぐったりと寝ていた私を発見し、どうやらまた救急車を呼んでいたみたいだった。

昨日の病院へと連れ戻され、結局私は入院することになった。
姉が医者に私のせいですと泣いていたらしいが、姉のせいではない。
私が勝手に限界を迎えていて、引き金がたまたま姉だっただけなのだ。

救急車を呼んだ時に、私はか細い声で、仕事に行かなきゃと言っていたらしい。
それを聞いた姉がすぐ上司に電話をした時に、たまたま救急隊員が到着し、慌ただしい様子が電話越しに伝わったらしく、珍しく嫌味を言われずに済んだ。

3日間は40度の熱が続いた。
熱が落ち着き、ぼうっと天井を見ていた時、親に仕事辞めてこっちに帰って来なさいとLINEで言われた。
そりゃそうだ、入院したのはこの日だけじゃなかったのだ。
短い期間に2度も入院し、勤めてからこの病気が何度も発症していた。

それでも私は辞めるわけにはいかないと、寝込みながら上司に頼まれていた引き継ぎの連絡をしていた。
痛みに耐えつつ連絡していた時に、上司から俺も風邪ひいた(笑)と返事が来た。


心臓の拍動がやけに聞こえた。
些細なことで、と思うが自分が怒っているのが分かった。

ふざけているのかとすら思った。
なぜこの人は入院している私に向かって風邪の報告をするんだろう。
私はなんて声をかければ良いのだ。
大変ですね、ゆっくり休んでくださいと労ればいいのか。

私が死ぬかもしれないのに?
私には何一つ言葉をかけず、寝込んで入院している人に、慰めを搾取する人から、これから何を教わろうというのだろう。

あー、なんかもう、いいや。

そして私は、ほどなくして仕事を辞めた。

それから、親の言う通り地元に帰った。
すぐに正社員で働こうとしたが、1ヶ月に1度は熱が出る雑魚すぎる体になり、フリーターでなんとか生活していた。

しかし、最近は体の調子がそこまで悪くない。
ストレスの元凶から離れたからだろう。
正社員で働けない理由がなくなってしまった今、早く仕事を見つけなければという焦燥感にここ数ヶ月襲われていた。
前職と同じような求人を探すが、中々見付からない。

そんな時、元同期のInstagramのストーリーが目に入った。
自作の料理の写真と共に添えられていた文字を見ると、なんと料理人になったという旨だった。
全然違う職種に転職していたので、すごく驚いた。
そうか、別に前職にこだわる必要ないのか。
そう思った瞬間、少し視界が開けたような気がした。

私の好きな歌で、Creepy Nutsのかつて天才だった俺たちへという歌がある。
幼い時はなんにだってなれて、どんな可能性だってあったのに、いつの間にかそれを押し殺して大人になっていく。けど俺はまだ諦めちゃいない、赤ん坊の頃のように可能性ばかりだ、とざっくりいうとこういう歌だ。

いつからか大人になっていくにつれ、自分の行動に全て理由がくっついてくるようになった。
小さい時はただやりたいから、ただしてみたいからっていう理由で一歩踏みだせていたのになあと、羨ましく思う反面、無意識に諦めていたのかもしれない。
色々な言い訳を並べて、出来ない理由を探していたのか。
仕事を辞めてから1年も空くと、焦りばかりが先走っていたが、もっと自分を信じてみてもいいのかもしれないと、そう思えた夜更けだった。

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