マワタの夢(1)

 彼女は休みの日でも、決まって八時には起きるようにしています。朝の時間はとても貴重だし、午前中の早いうちに起きられるかどうか、それで一日の充実度が大いに変わってくることを、彼女は経験の上知っていたのでした。
 その日も彼女は七時四十五分頃に目覚めました。スマホのアラームを八時に鳴るように設定していたけれど、平日はもっと早くに規則正しく起きているせいか、アラームが鳴るより先にベッドから起き上がることに成功したのでした。
 彼女はベッドの上で大きく伸びをしました。そして窓のカーテンを少しだけ開き、朝の光を確認しました。快晴とまではいかないけれど、気持ちの良い晴れです。秋らしく、カラッと澄み渡った空気が流れているようです。あんまり気持ちが良さそうなので、彼女は窓を全開にして外の空気を肺いっぱいに吸い込みました。遠くの方で小鳥が数羽、青い空を駆け回っています。それはまるで子供たちが仲睦まじくじゃれあっているかのようでした。
 彼女は気分も晴れやかに、パジャマから洋服に着替えると、自室を後にしました。
 ダイニングのテーブルには母がいました。朝のひととおりの家事を終えた母は、食後のコーヒーを片手に新聞を読んでいたのです。
「おはよう」
 二人は快活に挨拶を交わしました。母は彼女が幼い頃から挨拶の大切さを説き続けてきました。おかげで彼女はどんな時も挨拶を怠りません。誰にも臆することなく挨拶し、コミュニケーションを図ることができるのです。
「パン食べる?卵、焼こうか?」
 母はそう言いながら席を立とうとしました。彼女はそれを優しく制止します。
「いいよ、自分でやるよ」
「そう?」
 母は少し不服そうな声を出しながらも、ピンと背筋を伸ばした美しい立ち姿の彼女を見て、誇らしげに微笑むのでした。彼女は母の自慢の娘なのです。
「ねえ、お母さん」
「何?」
「今日の夢にね、またマワタが出てきたの」
「…うん」
「私の布団の中に入り込んできて、ずっと喉を鳴らしながら眠ってるの。時々私の腕をフミフミしながら」
「うん。マワタは貴方の布団の中が大好きだったね」
 彼女はボウルの中の卵をかき混ぜながら満足げにうなずきました。
「久しぶりにマワタのお腹に顔をうずめて、マワタの匂いをめいっぱい嗅ぐことができたよ」
「いいなあ」
 キッチンに卵の焼ける匂いがあふれました。その匂いはまもなく母の鼻をかすめます。それとリンクして、母もマワタのたっぷり日差しを浴びた後の香ばしい匂いを思い出したのでした。

                  つづく

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