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仕事帰りの算数(前編:青と緑) 

仕事は遅番だった。早番との差は1時間だが、仕事場を午後5時に出られるのと6時とでは、帰宅後の過ごし方が大きく違ってくる。ぴったりに遅番の業務を終えて、10分過ぎには退勤カードをタッチすることができた。

梅雨に入るか入らないかの季節の変わり目、なんとなくだるい身体と重い頭を20分の急行電車の中で休め、乗換駅で「そうだ、駅前のコンビニに寄らなくちゃ」とぼんやり思った。しかし最寄り駅に着くといつもの早足、10分ほどで自宅マンション前のスクランブル交差点まで歩いていた。めずらしく信号を待ちでスマホを取り出し、開いたとたん思い出した、コンビニに寄るはずだったと。

遅ればせながら、キャッシュレス決済にデビューしようと、2日前にPayPayをダウンロードした。初心者としては口座やカードに紐付けてしまうのはちょっと怖いので、まずはコンビニでの現金チャージで利用してみようと思っていたのだ。前日もチャージの仕方を確認し、スマホの画面を見ながら操作できるようにしておいた。

とりたてて絶対的な現金派でもないが、強い必要性も感じていなかったし、いずれは時代の波で使うようになるのだろうくらいに考えていた。そしてその時はやって来た。たかさんと立ち上げた「やりたいことをやってみる会 」のワークショップ「 アート de 対話」の参加費の管理に必要になった。

信号は歩行者に向けて青になった。あぁ、もう部屋で缶チューハイを開ける自分が見えているのに・・・その自分にくるりと背を向けて、ちょっとだけ歩きスマホでチャージ方法の画面を開き、緩い坂をまた駅へと登りだした。

帰路に向かうサラリーマン達とすれ違っていると、なんだか異次元を歩いているみたいだなと思った。そういえば、息子もちょうど帰ってくる時間だ。こんな時に会ったら面倒くさい、でもこんな時こそ近くにいそうな気がする。白いYシャツだけがやけにはっきりと見える、その宇宙人達の薄暗い顔を横目で確かめながら、足取りは地球より強い重力を感じていた。幸いなことに、知り合いには誰にも会わず無事にコンビニまでたどり着くことができた。

自動ドアの近くのコピー機のとなり、こんなに小さいのにホントにいろんなことをしてくれる、ドラえもんみたいな機械だ。ちょっと緊張して画面をタッチする。大丈夫、きちんと予習してきたんだから。

・・・
・・・あれっ、なんで?
チャージ利用ボタン押したよね、もう一度画面戻ってみるか。
ここでQRコードが出てくるはずなのに・・・出てこないとスマホで読み取れないよね。
わたし、何か間違ってるかな?
おかしい、もう一度やってみよう、焦らなくてもいい。
誰かが後ろに並んでいるわけじゃないし、
大丈夫、よく確かめて・・・もう一度。

???

ふと、脳内の離れた部分に灯りがともされた気がした。こういう場合はもっともっと根本的なところで間違っていると、私の記憶は知っていた。画面から眼を離せ、視野を広げろとその発光体は知らせていた。

えっと、この機械でしょ。チャージできるコンビニは・・・セブンかローソンって、だから合ってるでしょ・・・
んっ ここローソンだっけ? いやローソンか?
あれっ 青と緑の線、ファミマか? ここファミマかぁ? ファミマだっ!

なんだぁ、コンビニがちがってたのか。
脳内の発行体にgood job!と感謝しながら、なぜかとてもホッとしている。
そう、操作ができなかったわけじゃない、コンビニを勘違いしていただけだ。
安心した。
へへへッ

さて、
では、ここら辺で一番近いセブンはどこかな?
またちょっとだけ歩きスマホをしながら、ファミマの自動ドアの外に出た。

後編に続く


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