「私は彼女の親友だったらしい」第12話
昨日あんなに泣いているところを見られた達海は、今朝は来ないのではないかと思っていた。
私だったら、恥ずかしいしなんだか気まずい。しかし彼はいつも通りの時間に迎えに来た。
「おはよう」
とさわやかな笑顔まで貼り付けて。
その顔を思わず見つめてしまう。
私なんか泣きはらした目が次の日まで続いてしまうのに、この顔の良いことと言ったら。
うらやましいを超えて憎たらしい。
「な、なんだよ、照れるだろ」
「いや、ごめん」
何を考えていたかは悟られたくなくて、自転車に跨ると私の方が先にこぎ出す。最近は私の後ろを達海が付いてくるようになっていた。結局そうした方が私が好きな速さでこぐことができる。達海にとっては遅いだろう。後ろでのんきに鼻歌なんか歌っている。
教室に入ると2年1組は朝からそわそわしていた。
今まで優等生で過ごしていたみんなにとって、ボイコットするのなんて始めてだし、それにボイコットってなんかかっこいいじゃんという空気。
台本をつくって、誰がどの台詞をいうかまで練習していた。こういうところは真面目。
俺の名演技に期待しといてな!とはりきる井上くんの背中を見つめながら私は自分の席から動こうとしなかった。
「なあ」
達海がこっそり話しかけてくる。
「ボイコット始まったらどうするんだ?参加するのか?」
「……達海は?」
「俺はしない」
こういうことをはっきり言える彼はすごいと思う。
「まあ、正直宮内先生をかばう気持ちは全くないよ。そう思われても仕方がない人だと思うし、佳代子がああなった一因かもしれないとは思う。でも、未確定なこの状況で流されたくないんだ」
私がぽかんと口を開けて彼を見つめていたことに気が付いて
「どうした?」
と聞いてくる。
「いや……ちょっとかっこいいなって思ってしまった」
「お、俺と付き合う気になった?」
「いや、そう言う意味じゃないし。そもそも好きだから付き合うっていう目的でもないくせに」
「確かにな?」
ふっと大人びた笑いをこぼされた。
「で、どうするんだ、ボイコット?」
「……」
考え込む。しばらくしても答えは出なかった。というか元から決まっている。私は……
「その時にならないと分からない……」
「周りの雰囲気で決めるってやつか」
バカにされたようだったけれど、仕方がない。
これが私なのだから。
その後も教室の雰囲気は騒がしかった。
堺先生がホームルームで、お前らどうした?と心配するくらいには。
みんなは顔を見合わせて笑う。
なんでもないでーす!と元気に返事するが、さすがに先生も嘘だとわかったのだろう、あまり変なことはするなよと釘をさしてきた。
今から私たちがしようとしていることは変なことなのだろう。きっと。それでも、もう止まれなくなってしまった。ブレーキのない車は坂道を下っていくしかない。先生が今週の予定や連絡事項を伝えて、ホームルームが終わろうとしたその時、
「あ、今日の一時間目の現国だが、宮内先生は休みなので代わりに俺がするな」
一瞬で空気が変わった。
「……なんで、宮内先生いないんですか?」
井上くんが聞いた。こういうときに彼の無慈悲な無邪気さが必要になる
うーん、と先生は頭をかき、言いにくそうにいった。
「なんかなあ…体調がわるいんだと」
お互い顔を見合わせる。まさかな……という空気だ。昨日の今日でうわさが先生にまで広まっているとは考えにくいし、きっと偶然が重なってしまっただけに違いない。
「でも、先生古典の担当なのに、現国も出来るんですか?」
前田さんが聞くと
「とりあえず国語教師だからなあ。現国でも古典でもできるよ」
と笑う。
結果、堺先生の原告の授業は楽しかった。宮内先生の授業よりも分かりやすかった。もうずっと堺先生でいいのにね、なんて冗談で言い合っていたら、それ以降宮内先生が学校に来ることはなかった。
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