「私は彼女の親友だったらしい」第4話
目を覚ますと朝になっていた。曇ってはいるが雨は降っていない。湿度の高い、いつもと変わらない朝。気持ちは重いが、学校が休みだと思うと体は軽い気がする。
甲斐田さんが迎えられなかった朝。私はこんなに「生」を感じているのに。
彼女も嫌なことがあったのなら、学校なんて休んでしまえばよかったのではないか、無責任にそう思ってしまう。
宿題がないのでやることもない。仕方がないので、本を読んで過ごすことにした。あれからクラスのラインは動いていなくて、だからと言って個人ラインも来なかった。
友達が多いわけではないので、新しい情報が来ることもない。昼寝をして動画サイトを眺めて、昼過ぎになって母さんが説明会に出かけたのを玄関で見送って……ようやく、テレビをつけてニュースを見てみることにした。情報番組の映像では、ヘリコプターからとある建物が見下ろされていた。見覚えがあるなと思っていたら、なんと自分の高校だった。
『有名公立高校で女生徒が転落?事件性を視野に調査』
ショッキングな見出しが高校の建物に覆いかぶさるように表示される。
「……は?」
思わず声が出てしまった。事件性ってなんだ。自殺じゃないのか。
スマホを確認したが、ラインは来ていない。おそらく個人ラインでは『学校のことがニュースになってるよ! 』と騒がれているのだろうが、達海がいるクラスのラインでそれを流すことはできないと思ったのだろう。こんなネタになるような話題、クラスのお茶らけたやつらが見逃すはずがないのに。
背景が高校からスタジオに切り替わると、神妙な顔をしたアナウンサーたちが
「高校では詳しいことは警察の調査待ちだということでコメントは得られませんでしたが、一体何があったんでしょうか。心理学に詳しい大学教授に取材してみました」
と電話取材が行われていた。
名前も知らない教授は
「事件性があるかは調査中ということでしたが、もちろん自殺の線も捨てきれません。高校生というのは中学生の次に不安定な時期です。進学校ということでしたので、他の学校よりも勉強は難しいでしょうし、そういうことで悩んでいた可能性もありますよね。もちろん人間関係も広がっていきますし。最近はSNSで知らない人とつながって会いに行くという高校生の事件も多くありますので、その線も捨てきれません。一体彼女に何があったのかは、彼女にしかわからないことなのです。これから調査が進んでいってわかることも増えてくると思いますが、他の生徒たちの心のケアもしっかりしていただきたいものですね」
ぺらぺらとしゃべる。
それを受けたアナウンサーは「そうですね」と真面目な顔をして頷いた。頷いたところでこの教授は薄っぺらいことしか言っていない。彼女のことは彼女しかわからない。生徒たちのケアが必要、だなんて私でも言える。結局こちらが知りたいことは何も知ることができないのだ。知っているのは甲斐田さん本人だけなのだから。
「学校では生徒たちのためにスクールカウンセラーを配置し、メンタルケアに尽力していくとのことです」
バチリ、とテレビの電源を消した。
何が、メンタルケアだ。勝手にこっちがショックを受けて病んでいるなんて設定を作りやがって。
世の中には面白がってテンション高くなんでもネタにする同級生もいる。あの人たちはとっても元気ですよ、と教えてやりたい。
まあ、そいつらのメンタルをケアしてやるのはいいのかもしれない。こういうときに不謹慎な行動をとってしまうのは何か欠落したものがあるのだから。そういう人たちと自分を一緒くたに「かわいそうな子ども」とくくられた気がして、気分が悪くなった。そのままソファに毛布を持ってきてくるまってまた寝た。
ガチャリと玄関の扉が開く音で目が覚めた。時計を見るとあれから二時間ほど経っていた。母さんだな。そう思って、毛布からはいずり出て玄関に迎えにいく。母さんは寝ぼけ眼の私を見て
「寝てたの」
と心配そうな顔をしたが、昼寝してたと答えれば、そう、とそれ以上何も言ってこなかった。
「どうだった?」
「学校は何も教えてくれなかったよ」
そう言って靴を脱ぐ。
亡くなった生徒の名前やその時の状況を教えてくれたが、肝心な理由などは教えてくれなかったらしい。
「結局学校は保身が大事なのよね。詳しいことは警察の調査が終わってからじゃないと言えないって言うのよ」
疲れたようにため息をついた母さんは、それよりも、とキッと私を見つめていった。
「亡くなった子、甲斐田佳代子ちゃんっていうらしいね」
「らしいね」
私がそっけなく返事をしたので母さんが顔をしかめる。
「なに? 」
「小学校からの友達だったんでしょ」
「友達っていうか……」
同級生以上友達以下といったところか。
「親友だったんでしょ?」
「……え」
予想外の言葉に驚いてしまう。
「違うの? 」
「違うよ」
「でも、先生たちから甲斐田さんの手紙にあずみのことが書いてあったって言われたわよ」
「なにそれ」
瞬間考えたのは彼女から私への恨みの文面だった。自覚はないが、彼女から見れば何か嫌なことをしてしまったのかもしれない。中学の同級生だというのに私のたちの関わりはあまりにも薄かった。それを恨まれても仕方がない気がする。しかし、それならば「親友」なんて言葉を遣うだろうか。
視線を外して考え込む。母さんもその表情を見てわかったのだろう
「私も、まさかあずみに限って何もしてないはずって思ったんだけど、書いてあったことは感謝だったらしいから、心配しなくていいよ。明日の朝、校長室に来てほしいんだって」
「……わかった」
もしかして私に何か伝えたいことを書き留めたのかもしれない。だとしたら私の文面で彼女が死んだ理由が分かるかもしれない。布団にもぐった後で、そんなことを考えた。
もし、この件が殺人だとしたら、大きなニュースになってしまうだろう。昼間の情報番組が大きなフリップをめくりながら、教育評論家や大学教授が神妙な面持ちで意見を述べる。スタジオの芸人や俳優が懸命に頷きながら事前に用意されたコメントを、さも自分の考えかのように述べる。そんな光景が容易に想像ついた。
私たちは小さいころから定期的にこんなニュースを目の当たりにしていて、そのたびに最近の若者の精神は狂っているだの、子どものころからよくない情報に触れているからだの、教師の質が落ちて学校全体がおかしくなっているだの、言いたい放題聞かされてきた。
そんなことを言われてもおかしいのは私たちの一部の人だけだし、その原因をどこかに求められても困ってしまう。
明日、甲斐田さんからの手紙を読んだら、私が一番彼女の死に近づく存在になれるのか。そうすれば私はクラスの中心人物になれるな、なんて考えて、自分の心の中にいた野次馬の存在に気が付いた。心臓がドキドキする。一体どんなことが書いてあるのか、楽しみなのだ。興奮している。私もやっぱり異常者だなと乾いた笑いをこぼし、何とか目をつぶって眠った。
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