「私は彼女の親友だったらしい」第18話

放課後に再び渡利先生の部屋を訪れると、間瀬さんが来ていた。

「連絡が遅くなってごめんなさいね。朝一で連絡を入れたつもりだったんだけど、高橋さんたちの方が行動が早かったみたい」

私が早く会いたいと言ったのにも関わらず、そして最初のころは事件のことで何かあったらいつでも連絡してほしいと言ったのにも関わらず、今ではこんな仕打ち。

日々間瀬さんへの不信感は募っていく。

「高橋さん、朝見せたもの、間瀬さんにも見せてあげて」

渡利先生に言われて、私は封筒を手渡した。

間瀬さんはだまって中身を見る。あまりに黙っているので、それが何か分からないのかと思い、

「甲斐田さんのアカウントの写しです。私がこの前見た時にはなかった書き込みもあります。きっと誰かが意図的に甲斐田さんのアカウントから書き込みを消したんだと思います。きっとその人が甲斐田さんを殺した犯人なんです」

間瀬さんはじっと私の顔を見て、

「まあ、甲斐田さんの件に事件性は見られなかったんだけどね」

と初めて言った。

「そうなんですか?」

渡利先生も聞く。

「ええ、それに、これだけではなんとも言えないわ」

プリントを返されてしまった。

「そんな」

「だって、これが本当に呟きをプリントアウトしたものか分からないもの。いくらでもでっちあげできるわ」

間瀬さんはこれ以上関わりたくないのだろうか。

「でも……これが私の家のポストに入っていたんです」

「それこそ、どうして高橋さんの家のポストに入れるの?甲斐田さんの家に直接入れた方がいいと思わない?」

言われてみればその通りだ。甲斐田さんのお母さんがこれを直接見た方がショックは大きいだろう。わざわざ私に見せてくるということが……まるで、この事件のことを忘れるなと言わんばかりだ。

「だから、それはきっと誰かのいたずらだと思う。それに本物だとしてもそこから犯人を洗い出すことはできないわ」

きっぱりとした口調に私は間瀬さんの顔を見る。

「どうしてですか」

ここで引くわけにはいかない。

「あのね……」

間瀬さんは大きく深呼吸すると

「警察はもう、この件は捜査しないわ」

と言った。

「なんでですか?」

「学校と保護者たちから要望があったからよ」

渡利先生を見ると静かに首を振るのが見えた。先生は知らなさそうだ。

「でも……」

「高橋さん、ごめんなさいね。警察からはこれ以上なにもできないの」

間瀬さんはゆっくりと立ち上がって帰って行ってしまった。

ぱたんと閉められた扉を黙って見つめるしかできない。

「打つ手がなくなったのか」

達海の落ち込んだ声が聞こえた。

「いや、あるさ」

そう言ったのは村瀬さんだ。朝、操作していたパソコンを開き、画面をこちらに見せてくる。

「調べたら書き込みを消されている投稿はまだあった」

「本当ですか?さすが新聞記者!」

達海は手放しで喜んだが

「これくらいなら警察だって簡単に調べられる」

と一蹴されてしまう。

「それでも調べようとしないということは裏があるんだろうな」

けわしい顔だった。

「見てみろ」

映っていたのは甲斐田さんのアカウント。確かに消されていた投稿がいくつかあった。

その中に一つ。私たちは見つけてしまった。

『高橋あずみが羨ましい』


達海が心配そうな顔で私を見てくる。それに、大丈夫だよと返事をした。

「甲斐田さんが高橋さんに執着していたっていうことはよく分かったわ」

腕を組んでどっかりとソファに沈み込む渡利先生。

「そうだな、今までの情報を合わせると、甲斐田佳代子はお前について調べて、異常なほどの執着心をもっていたんだろう。さしずめストーカーってところじゃないか」

「そうなると高橋さんの親友というのも甲斐田さんの思い込みという線も出てきたわね」

「思い込み、というか勝手に祀り上げて、勝手に嫉妬されているだけだろ、気の毒だったな」

村瀬さんがこちらを見てくる。何といえばいいかわからず、視線を落とすだけしかできない。

「でも、仮にそうだとしたらその理由が必要になって来るわね」

「というと?」

「純粋な憧れの気持ちだけで、高橋さんに執着していたわけじゃないと思うの」

ああ、と納得したように村瀬さんは額を抑え、

「それ、一番面倒なパターンじゃないか……」

と呟く。

状況が理解できない私たちはお互いに顔を見合わせて首を傾げた。

「だからね……」

先生は言いにくそうだ。もごもごと言葉を選んでいるうちに、村瀬さんがきっぱりと言った。

「なんか恨まれてたんじゃねえのか?」

「……私が?甲斐田さんに?」

「そこまで確定するつもりはないけどね」

言いながら先生は居住まいを正す。

「何か思い当たる節はない?」

「そんなこと言われても……」

甲斐田さんからどんな感情を抱かれていたかなんて考えたこともなかった。

「ま、そんなんだから今まで好き勝手にされてきたんだろうな」

村瀬さんが吐き捨てた言葉が延々と頭にこびりついていた。

あまり気に病まないようにねと念を押されて部屋を出たが、頭の中ではぐるぐると考えが巡っている。

私が甲斐田さんに恨まれる何かがあっただろうか?

その結果、私を親友にして死ぬことを選んだのだとしたらとんだ嫌がらせだと思う。

達海はいつものように家までついて来ようとしたが、一人で帰りたいからと断って帰路についた。もしも甲斐田さんがどこかで見ていたら、達海と一緒にいることが知られたら、もっと恨まれてしまうだろうと思ったから。

家に帰りつくと人影が見えた。自転車をきゅっと止めてその人の前に立つ。

もしかして、と背中にいやな汗をかいた。どうして今まで考え付かなったのだろう。

「……おかえり」

「……」

「どうした?」

といつもの笑顔で首をかしげた。

「嘘ですよね」

「……」

先生は笑ったまま何も言わない。

「堺先生じゃないですよね」

「……俺は殺してはないよ」

そんなことしたら教師失格だろと先生は言う。

「ただ、甲斐田佳代子が勝手に俺のことを好きになっただけだよ」

私は先生の顔を見上げた。いつもと変わらない表情で先生は続ける。

「あの子は俺が高橋のことを気に入っているのを知っていたからな、高橋に敵意をもっているようだったけど」

やっぱり。

「それで、どうして……」

「どうして死んだのかって?そんなの俺が聞きたいよ」

スーツの胸ポケットから煙草を取り出した先生は、断りなくそれに火をつける。

煙草を吸うところなんて初めて見たし、そもそも喫煙者であることも知らなかったので驚いていると、

「高橋はこういう時に『私も吸いたい』とか言わないからいいんだよな」

と誰かと比べて言った。


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