クレーマーにはなりたくなかった
私の頭の中に「PTA」が浮かんだのは前回書いた通り、娘が行き渋りになったにも関わらず、あまりに軽く扱われていると感じたからです。
まぁでも…今、考えるとそれほど騒ぐ話でもなかったかもしれません。
わが子が不登校になるかもしれない、という恐怖心から過剰に反応してしまったようにも思うのです。
ただ、それを差し引いても、私は、行き渋りの過程で、先生の対応や声掛けに不満を抱いていました。
「考える子供」というのは、小学校の大目標です。
とてもよい目標だと思います。
しかし、子供に考えさせるためには「考えろ」と大人が言うだけではダメだと思うのです。考えさせる仕組みや声掛けが必要で、それができているとは到底思えませんでした。もちろん、娘というフィルターを通した話なので実際は分かりませんが…例えば、「子供の話をきちんと聞かず、答えを押し付ける」「子供同士でトラブルがあったときに、先生が裁判官になり、善悪を決めて、最後は「ごめんなさい」で終わらせる」などなど。
そのことを担任の先生個人のスキルの問題として片づけてほしくないとも思っていました。やはり、組織である以上、そのトップたる校長先生が体系化して方向性を示し、先生のスキルの差によって教育の質に差がないようにすべきだと感じていました。
そんなことをスクールカウンセラーの先生と話をしたら…
「校長先生は、きちんと話を聞いてくれる人なので、校長先生とお話ししてみたらいかがでしょうか?」
という提案をいただき、あれよあれよと話が進み、校長面談が実現しました。
そして、上記のことを馬鹿正直にぶつけました。
「お題目だけで組織として体をなしていない」
「悪いのは現場の教員ではなく、組織の長。つまり、校長先生、あなたです」
みたいなことを言ったと思います。
誤解してほしくないのは、校長先生が特別悪い先生というわけではありません。むしろ、校長先生がとってもいい先生であることは、疑いようがありません。ただ、わが子を預けている保護者として、現状を改善するために耳の痛いことは言わなければいけないですし、何よりも、「それは担任の問題です」とは言わせたくなかった。当事者として、受け止めてほしかったので敢えて強い言葉をかけました。
そして、最後に
「私は、言いっぱなしのクレーマーにはなりたくありません。来年度からPTAに関わり、学校の運営にも深く関わっていくつもりです」
と言いました。
ここまで言ったからには、自分も当事者にならないといけないと思いました。
私は子育ての過程で、たくさんの過ちを犯しています。
ときに、娘を傷つけ、苦しめたこともあったと思います。
それでも、自分に唯一できることは、問題に対して主体的に取り組むという背中を見せることではないかと思ったのです。
それが、私にとってPTAでした。
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