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人なんか嫌いだ! 第3話

 ボクの住んでいるところまでは、めったに人はこない。でも、誰かが住んでいるらしいと、知れ渡っているらしく、本当にたまに、人が来る。先日は駐在さんが来た。ここらの地区の人に一応話を聞きに来たとのことだ。物好きだ、こんなところまで。見た目は野宿みたいな家だから、誰も家だと思わない。その駐在さんもそうだった。ここらへんと聞いてきたらしいが、結構迷ったらしい。最近はGPSを持っているから、家には帰れるようだ。

「ここでしたか。」
「こんにちわ。何か用ですか?」
「ご挨拶に。」
「挨拶にここまでなんて、大変ですね。」
「あなたはよく、人助けをしてくれているそうで、助かります。」
「近所で迷っている人を、連れていっているだけですよ。」
「ここで一人住まいなんですか?」
「はい。」
「電気、水道、ガスはないんですよね。」
「はい。」
「じゃ、完全自給自足ってことですか?」
「その通りですね。」
「何かあっても連絡の手段もないのは、ちょっと困るんじゃないんですか。」
「そんなことないですよ。」
「携帯電話もないんですよね。」
「あっても、入りませんから。」
「あ、ほんとだ。」
駐在さんは自分の携帯をみて、そう言った。圏外だ。

「一応、私の名刺を渡しておきます。なにかあったら、訪ねてきてください。」
まあ、一応、もらっておくか。
「はい、わかりました。」
彼は、GPSでボクの家の場所をチェックしていたみたいだ。次は、迷わず来れるだろう。最近は便利なものがあるもんだ。

 最近はやけに危険動物が来る。ボクは木の上に住処を移動した。熊は登ってくるだろうけど、私がいる気配を感じたら、登ってこない。当然、猪は登れない。まあ、寝ぼけて落ちない限り、いい場所かもしれない。

 町から人がやってくる。それも二人だ。なんだろうと思ったら、役人だ。
「この山の固定資産税を納めて下さい。」
「お金なんかないよ。完全自給自足だからね。どうしてもっていうなら、収穫物もっていく?」
「いや、現金化して納めて下さい。」
「こんな場所まで、誰も買いにこないよ。」
「町まで売りに行ったらいいでしょ。」
「町にいくと、気管支炎がひどくなるので、いけない。」
うそだけどね。
「誰かに頼むとか。」
「じゃあ、お願いしますよ。毎日、取りに来て下さい。」
「そんなことできません。」
「じゃあ、私も無理です。」
「納めてもらわないと困ります。」
「だいたい、いくらなんですか?」
「年間、3000円です。」
「それくらいなら、野菜をあげますから、許して下さいよ。」
かなり、すったもんだして、ようやく、許してもらった。支払わなくていいようになった。宅地じゃないんだから、そんなに目くじらたてる必要はないと思うんだけどね。

 植物たちが、ひとりの女性が入り込んできたと囁いている。なんか様子がおかしいらしい。仕方がないから、大急ぎで向かった。彼女は木に縄をくくっていた。おいおい、そんなところで自殺するなよな。

「このライチ、おいしいよ。」
ボクは声を掛けた。その人はかなりびっくりした。そりゃ、そうだろ。こんなところで人に会うなんて、まず考えられないもんね。
「えっ、なんで?」
「自然はいいでしょ。こんなところでひとりでいるなんて、贅沢だよね。」
彼女はしばらく黙っていたけど、
「ほんとうにそうね。」
「ライチ、食べる?」
「はい、ありがとう。」
ようやく、心開いてくれたかな?
「おいしい。」
「でしょ。いっぱいあるから、どうぞ。」
いくつか食べたところで、彼女は、急に涙を流した。
「ごめんなさい。」
「何も言わなくていいよ。」
しばらく、一緒に木漏れ日を眺めていた。本当にいい感じで、木々の隙間の葉をよけて、太陽の光が差し込んでくる。でも、それがとても細い線なので、薄暗くなったちょっとした広場を少しだけ明るくしている。こんなところにも塵ってあるのかどうかわからないけど、キラキラ光ってとても綺麗だ。
「こんな木漏れ日を見てると、心休まりますね。」
「いいでしょ?それに、ライチ、おいしいしね。」
「ふふふ。」
 彼女が微笑んだ。ちょっと、落ち着いたかな。

「なんか、バカらしくなっちゃったわ。」
「私、あきらめてたの。」
ボクは聞き役になった。
「世の中が嫌になったの。みんな、敵に見えて。会社の同僚も先輩も、家族も誰も彼もみんな。」
「そう思ったら、生きている価値なんかないような気がして、いつの間にか、死に場所を見つけに、こんなところまできたの。」
「でも、ここはボクの庭だよ。」
「そうなの?じゃ、不法侵入ね。ごめんなさい。」
「ううん、でも、いろんな人が迷い込んでくるから、気にしないで。特に境界線をちゃんとしているわけじゃないしね。」
「そうなんだ。じゃ、許してくれる?」
「許すも何も、全然気にしない。」
聞き役のつもりが、いつの間にか、ボクもしゃべっている。
「あなたから、こんな美味しいライチの実を頂いて、食べているうちに、なんか死ぬのが馬鹿らしくなってきたわ。」
「よかったね。」
「ありがとう。本当に、ありがとう。」
「でも、どうやって町にいけばいいの?」
「連れてってあげるよ。」
「いいの?」
「全然、かまわないよ。いつも暇だし。」
「もしかして、ここに住んでいるの?」
「うん。」
「どうやって生きてるの?」
「自給自足だよ。」
「すごいのね。」
「私もできるかしら?」
「どうかな?」
それはそうと、だいぶ日が傾いている。
「もう、今日は町まで出るのは遅くなっちゃうから、野宿だね。」
「野宿なの?」
「ボクの家は半分、野宿みたいなもんだから。」
「泊めてくれるの?」
「かまわないよ。」
「ありがとう。」

(つづく)

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