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第101話 藤かんな東京日記⑰〜『はだかの白鳥』発売日はAV撮影〜


発売前に重版・Amazonランキング1位に

「物書きとしてのデビュー日に、AV撮影してた人っているかな。きっと日本初、いや、世界初やと思うで」 
 電話口で社長がそう話している。私は「世界初か・・・・・・」と反芻しながら、スマホを右手から左手に持ち替えた。そして社長の言った言葉を、日記帳にメモした。
 明日は初の自著『はだかの白鳥』の発売日。さらにはAV撮影日でもある。本が発売されるドキドキに浸っていたいところだが、そういうわけにもいかない。
「それに発売前にAmazonベストセラー1位になってるねんで。文学1位、ノンフィクション1位やで。俺はこれを言い続ける。藤かんなの本は発売前に重版して、Amazonベストセラー1位、文学・ノンフィクションの部門で1位になったって。ありがとう」
 ありがとう———社長からその言葉を聞くと、懐かしくて、嬉しくて、そして少し切なくなる。私がマドンナで専属契約が決まった時、初めてのAV撮影を撮った時、百田尚樹さんのニコ生に出演した時。彼は節目節目で「ありがとう」と言ってくれた。
 以前に彼はこう言っていた。
「エイトマンが新しいことに挑戦できるのは、女優たちが体を張ってくれているから。そして女優たちが闘ってくれるおかげで、俺は新しい世界を見させてもらっている」
 だから彼は何かを成し遂げた時は、いつも「ありがとう」と言う。「頑張ったな」や「お疲れさま」ではなく、「ありがとう」。これを言われる時、嬉しい反面、胸がキュッとなる。なぜなら一番に「ありがとう」を言われなければならないのは社長だから。誰よりも心身を削って、私をここへ導いてくれたのは社長だからだ。

発売前日にベストセラー1位のマークが

「それにしても百田さんのニコ生の影響力はすごいね」
 昨日、百田尚樹さんのニコニコ生配信に再びゲスト出演した。そこで百田さんは『はだかの白鳥』を絶賛し、面白い部分を読み上げてくれた。
「視聴者からは『読むな』ってだいぶ叩かれてたけど、百田さんがあれだけ読んでくれたことで、『はだかの白鳥』を読みたくなったもんね。さすがエンタメの神様やなと思った」
 社長は言った。昨日のニコ生は、視聴者からのコメントがだいぶ荒れていた。
<朗読するな>
<これは藤かんなさんに対するいじめ>
<完全ネタバレですか>
 しかし百田さんは批判コメントの嵐には見向きもせず、一心不乱に『はだかの白鳥』を読み続けた。その姿はエンタメの神様というか、エンタメの鬼神だった。コメントは荒れているし、隣には鬼神がいるし、私は内心オロオロしていた。
「なんや今日のニコ生は気分悪かったなあ」
 ニコ生が終わった後、百田さんは言った。
 やっぱり気分悪かったんや・・・・・・。
 真っ赤な顔をして不機嫌な様子の百田さんは、やはりエンタメの「鬼神」だった。

ニコニコ生配信、百田尚樹チャンネルにて

『はだかの白鳥』発売日のAV撮影

 そして5月29日。『はだかの白鳥』発売日、且つAV撮影日。
 現場に着くと、朝一番にカメラマンが「本、おめでとうございます。もう予約しています」と言ってくれた。そしてそれを聞きつけた監督が、早速Amazonで購入してくれた。
「ええ、Amazon売り切れてるじゃん。6月12日まで届かないの!? むっちゃ人気じゃん」
 この日の撮影は、本のことが気になって、お股が少々濡れにくかった気がする。

『はだかの白鳥』発売日のAVパッケージ撮影

 撮影が全て終わり、帰り支度を済ませ、現場スタッフに挨拶をしていると、少し離れてた所から、共演した男優の1人が私をじっと見ていた。私はいささかの恐怖を感じた。
 彼はこの日、私の旦那役だった。妻である私が若い男と不倫をしていて、自宅でセックスをしている時に旦那が帰ってくる。私と若い男は裸のまま、別の部屋に隠れ、旦那は精子まみれのベットに気付く。そして「うわっ、ザーメン臭え! あのアマ、やっぱり浮気してやがったな」と殺意を爆ぜる。だがそのままベッドで悶え、オナニーをする。そんな狂気的な旦那の役だった。
 彼の演技は恐ろしく迫力があり、この人はきっと真顔で人を殺せるんだろうな・・・・・・と思ったくらいだった。だから、帰り際に彼からじっと見られたのは、ひどく怖かった。
「今日はありがとうございました」と会釈しながら、彼の横を通り過ぎようとした。すると、彼は正面に立ちはだかった。もちろん私は立ちすくむ。体の大きな彼は私を見下ろし、不敵な笑みを浮かべている。
 やばい。ヤられる。
 そう思い、一歩後ずさった瞬間、彼が口を開いた。
「かんなさん! 本、予約しました。家に帰ったら届いていると思うんです。またいつか現場でご一緒できたら、感想を言わせてくださいね」
 ニコニコして言う彼を見上げたまま、しばらく反応できなかった。そして「あ、ありがとうございます。今日のお芝居、素晴らしかったです。ま、また会いましょうね」と、返事をして別れた。
 ただのええ人やったやん。
 帰りの車の中で「やばい。ヤられる」なんて思ったことを反省した。パンクに見える人ほど、まともで常識人。これは常々思うことだ。

 AV撮影の3日後、6月1日は私の初めてのイベント「藤かんなサイン本お渡し会」だった。12時から2時間は初自著『はだかの白鳥』のお渡し会。16時から2時間は初写真集『白鳥、翔ぶ』のお渡し会だ。エイトウーマン写真展や、#寧々密会写真展に来てくれたファンの方がたくさん来てくれ、緊張することなくイベントを楽しめた。来てくれた方々、ありがとう。

初自著『はだかの白鳥』発売イベント

 本のお渡し会に来てくれた方が、写真集のお渡し会にも来てくれ、「第2章まで読みました!」と感想を聞かせてくれたり。お渡し会の時はすでに電子書籍で本を読んでくれていて、「かんなさんはこんな気持ちだったんだと、4章の最後は胸が熱くなりました」と聞かせてくれたり。ファンの生の声を聞けて、生の感情に触れられる。これがイベントの醍醐味なのだなと改めて感じた。

初写真集『白鳥、翔ぶ』発売イベント

書けない不安にもがく

 イベントの翌日から少し調子がおかしくなった。体は元気だけれど、眠たくて仕方がない、何もやる気が起こらない。本が発売されてからの出来事を書こうと、パソコンの前に座るけれど、文章がまとまらない。書くことは決まっているのに、うまく構成が立てられない。書いても書いても、思ったように書けなくて、不安になってくる。
 私の文章って、こんなに読みにくかったっけ。これじゃ、ほんまにただの日記やん。今までどうやって書いていたんやっけ・・・・・・。
 こういう時、私はいつもある映画を観る。『魔女の宅急便』だ。主人公のキキが箒で飛べなくなって、絵描きのウルスラが住む山小屋に泊まりに来る場面。ここが好きなのだ。

キキ「私、前は何も考えなくても飛べたの。でも、今はどうやって飛べたのか、分からなくなっちゃった」
ウルスラ「そういう時はジタバタするしかないよ。描いて、描いて、描きまくる」
キキ「でも、やっぱり飛べなかったら?」
ウルスラ「描くのをやめる。散歩したり、景色を見たり、昼寝したり、何もしない。そのうちに急に描きたくなるんだよ」

映画『魔女の宅急便』より

 書いて書いて書きまくって、それでも書けなかったから、一旦書くのを止めるか。そう思い、しばらくはパソコンの前に座るのを止め、読みたかった本を読んだり、バレエに行ったり、ぼんやりした日々を過ごした。

 6月5日。文春オンライン(文藝春秋)の記者からインタビューを受けた。
「『はだかの白鳥』が発売されて、今どんなお気持ちですか?」
 私はつい「今、前みたいに書けなくて、少しモヤモヤしているんです」と、漏らしてしまった。すると記者は言った。
「受験勉強の後みたいな感じですかね」
 その言葉を聞いた時、ズバリ言い当ててもらった気持ち良さがあった。
 高校3年生、大学受験を終えた後の春休み、私は何をしていたかあまり覚えていない。1日の3分の1以上を占めていた受験勉強がなくなると、その時間をどう過ごして良いのか分からなくなった。やりたいことはあるが、何もする気力が湧かない。だからダラダラと家でゲームをしたり、本を読んだりしていた気がする。しかしそれも集中力が続かなくて、すぐに止めてしまうのだ。つまり、本当にぼーっとしていた。
 私は今、受験の後の春休みが到来しているのか。
 そう思うと、少し懐かしくて、可笑しくて、気持ちが楽になった。春休みは必ず終わる。今の書けない状態もきっと自然と終わるのだろう。そしてまた「そのうちに急に書きたくなるんだよ」なのだ。

文春オンライン(文藝春秋)のインタビューにて

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