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900字小説『晩ごはん、なに?』

「おお、我らの美しき天使よ。その絹のような羽の一筋でいい、我に与えたまえ」
「…二度と逢いたくないって言っただろ」
「冷たい奴だな、久々に再会したってのに。もう少し愛想よくしてもいいんじゃないのか」
「うるさい」
やっと休みが取れたから、じっくりカレーでも作るかと気分良く買い物してきたのに。
せっくの楽しさが台無しだ。
「お前、料理なんか出来るのか」
「食わせないからな。そのへんの石でも食っとけ」
「何だよ。ちょっと逢わない間に性格悪くなってるぞ」
無視して野菜を切ることにした。
こいつは俺が自分に歯向かうように、わざとイラつくことを言う。
一体いつまで、つきまとうつもりだろう。
「用事がないなら帰れ」
「お前にじゃなくて、お隣さんさ。もうすぐだからな」
「隣り?…もうとっくに引っ越したはずだぞ」
「いるんだよ、それが」
いひひひ。気色悪い声で笑う。どうやら好物の味の持ち主らしい。
「連れてくのか」
「当たり前だろ。のんびりしてたら、ほかの奴に取られちまう」
なんせ人への憎悪が半端ないからな。どす黒い塊を抱えてるさ。
そう言って嬉しそうに飛び跳ねた。
「止めろ、鬱陶しい」
「お前、もう戻らないつもりか」
「もう戻れないぞって地上に降ろしてくれたのは誰だよ」
「そりゃあ。ほかならぬ俺様さ。でも恋しくならないか、神様が」
「ならない」
神様。
あの人は、俺をとても可愛がってくれた。
ほかの天使たちとは比べものにならないくらい。
それが苦しかった。だから逃げた。
「ま、お前の未来は決まってるしな。せいぜい地上の楽園を楽しめばいいさ。おっと、そろそろだ」
「もう来るなよ」
「来るさ。俺は一度ハンバーグとやらを食ってみたいんだ、今度作ってくれ。じゃあな」
足取り軽やかに、直接、部屋の壁をすり抜けて行った。
数秒後。
鎌が振り下ろされる音と同時に。
冷たい空気が伝わってきた。
なぜ人間は生まれてくるのか。
それは俺には分からない。
「あ、…ニンジン買うの忘れた」
カレーにはニンジンがないと。面倒だけど、行くか。
コートを着て外に出る。

薄い水色の空。
死神が、お隣りさんを抱えて駆け上がっていくのが見えた。
「さよなら」
さよなら。
どうか神様が助けてくれますように。

さようなら。

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