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「逃し屋ジョーの記録」 (短編小説)
「24ジョー」
その名で呼ばれるようになったのは、仕事の成功率が99.99%から純金を意味する「24K」や韓国で「急いで移動する、引っ越す」の隠語である「24」、報酬が見合えば「24時間」いつでも仕事を受けるからとも言われるが、本人にとってはどうでもいいことであった。
失敗とカウントされるのも、契約を守らなかった依頼人を直接に手を下したとされているので、実質100%であるとも聞く。
その男の噂は裏社会で生きるものなら伝説の逃し屋として知ってはいるが、誰しも禁忌として口憚る存在。
男はどんな状況でもパトカーや白バイ、犯罪組織からも逃げ切るスキルと度胸、実戦で培われた格闘センスを待ち合わせる。
特注のケプラー繊維入りの革ジャンに忍ばせた無数のナイフとV12気筒改造エンジンを搭載した特注車を駆り、今日も修羅場を潜り抜けていく。
「と言うことは、できないということなんでしょうか」
埠頭の倉庫街のはずれに位置する廃倉庫。
埃っぽいフロアに様々な車が並んでいる。
その一角、不揃いで大きなソファーが二脚とテーブル。
そこに、これまた不揃いなリクルートスーツ姿の若者が座っている。
「……ぼっちゃん、どこでオレのヤサを聞いたんだ。 テレビCMを出した記憶はないんだが」
倉庫の主人である癖毛で革ジャン姿の男、ジョーはバネのようなしなやかな体躯をソファーに投げ出していたが、正面に座る若者の話が長くなりそうだと思い身を起こした。
「いまはネットがあれば、すべての情報は手に入ります。 たとえ裏社会の情報も専用サイトがあるくらいですから」
「世も末だな」と独り言ちてから、オレが言うのもおかしいが……と癖毛の頭をかく。
ソファー横の古びた冷蔵庫から缶ビールを出し、若者に「飲むか」といちおう聞いて、ひとりで一気に飲み干した。
「どんな追っ手からも逃がせると聞いて、ここならと思いやって来たのですが。正直ガッカリです」
若者は一流とは言えないが、三流と言われるのにはプライドが許さない大学を卒業。
大学時代を社会に羽ばたく準備期間と割り切り、モラトリアムを謳歌していたが「いざ就職」が具体的になると、急に慌て始めて手当たり次第にエントリーシートを送ったという。
運良くなのか、この場合は運悪くなのかもしれないが、さる大手上場企業に引っ掛り入社研修が始まった。
「入れば何とかなる」と思っていたが、いかんせんダンボール箱の上で無理に背伸びをしたような実力だったので理想と現実との差異が生じるのは当然であった。
辞めたいと思うのに時間はかからなかった。 自身の今後のキャリアにキズを付けずに、なおかつ速やかに退社したいが手続きや影響を考えると逃げるしかない、しかも完璧に……。
そこで調査に調査を重ね(ネットでだか)逃し屋であるジョーに白羽の矢を立てた。
「……そんなもん、辞表を出す意気地がないなら、行かなきゃいい。 仕事ってのは、頼むヤツと受けるヤツがいてこそ成立する。 行かずに逃げちまえば解決だろ」
2本目のビールの缶がごみ箱に弧を描いて収まると、めんどくさそうに癖毛をかいた。
「退社代行業って知ってますか。 本人の代わりに会社に辞める意思を伝えて手続きする。 それが後々、会社側から賠償請求裁判を起こされているんです」
「逃げられないのか?」
「ええ。 さっきも言ったように、いまはネットという情報管理社会です。 ネットによる個人の評価は「デジタルタトゥー」として一生消えませんよ。 つまずいた人間は攻撃の的になって叩かれ消えて二度と浮かび上がることはできないんです……」
男、ジョーは薄いくちびるを不快そうに歪めて、まったく内容を理解できない素ぶりを表す。
「もし受けてもらえないなら、ここまで来た労力もムダになります。 ネット地図で評価を書き込みますよ。『話だけ聞いて依頼を受けようともしない逃し屋』だと。 きっといろんな人が見るでしょうねぇ……」
言い終わるか終わらないかのタイミングで右手の人差し指を立てたままクルリと回して、ジョーに流し目を送った。
「ま待て、なぜそうなる! オレの仕事を知って……」
知っているからこそ、脅迫じみた依頼を通そうとしているのだ。
痩身で下ろした前髪がさらりと揺れ、隙間から隠れがちな瞳が見えた。
ジョーはこの眼を知っていた。 覚悟のできた眼だ。
「……クソ! こっちはガキの遊び相手になる時間なんざ、これっぽっちもない。 帰ってくれ!」
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「申し訳ございません! このような大企業にご縁あり入社させていただいたのに、悪性の腫瘍が見つかるなんて。 しかも三つも! 本来なら首に縄をつけてでも来社し、皆さま方に自身からご説明と謝罪をすべきですが、すでに集中治療のために入院しておりまして……。 『叔父さん、僕が直接行って話す』とベッドから立ち上がろうとしたのですが、なにせ力なくふらついた勢いで咳き込むと口元には赤いものが付いていたので『お前のなんとか直接謝罪をしたいという気持ちは充分わかった。だけどな、生命あっての物種と言うではないか。 元気になった暁には、いずれなにかのカタチで機会をいただくのだよ』と。 それでも決死の表情で起きあがろうとするので泣く泣く制して寝かせております。 このたびはあらためて申し訳ございませんでした!」
応接室の沈みこみそうな絨毯に額を擦り付け、体躯を折り曲げ土下座する姿は昭和の重役であるお歴々には痛く染みたようだ。
「ま、まぁ、とりあえずお座りください。 事情はよく理解しました。 こちらとしても、甥っ子さんのような優秀な人材に活躍して欲しかったのですが致し方ない。 ご自愛くださいますよう、叔父様からもお伝えください」
一階の受付に平身低頭で挨拶を終え広大なロビーを抜け、ガラス張りの入り口を後にする。
自動ドアの守衛から見えないところまで進むと、スーツを脱ぎ、まるで息継ぎするようにネクタイを解いた。
そびえ立つガラスの巨大な箱を振り返ると、七三分に整えた髪をくしゃくしゃとかき乱した。
やがて丸めていた背を伸ばすと精悍な長駆が現れ、薄い唇が歪み男なりの笑いのかたちを作った。
「安心しな、これで追っ手も来ねえよ……」
これは、成功率99%を超える伝説の逃し屋である、ジョーの記録である……。
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