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「3つの願い」 (短編小説)


 「お前はどうも落ち着きがないねぇ。 いいかい、人生にはどうしても慌てちゃあいけない時があるんだよ。 
 ひとつ目はプロポーズの時。 
 もうひとつは……」

 そう言って、心配そうに幼い僕の顔を覗き込んだ祖母の目を見返しながら、プロポーズという言葉の意味が気になって、それ以降の祖母の話をまったく覚えていない。

 目の前にいる、褐色の魔人が急須の注ぎ口から出てきて、自分を見下ろしてる。
 祖母の遺してくれた唯一の家宝らしかった。

 『解放のお礼に、3つの願いをかなえよう』

 え

 えーっと

 えっと えーっと

 ……ラーメン?


 って、食べに行けばいいじゃないか!


 ……えーっと、何が欲しい、えーーっと 

 あ! お、お金!

 「大金が欲しい!」
 『お安い御用!』
 そういって消えた魔人は、しばらくすると帰ってきた。
 見た事もない大金とともに。


 札束で溢れたリビングにあるテレビのニュース速報で、大量の札束が空を飛んでいるとの情報が偶然捉えた映像とともに流されていた。
 現在、警察がお金の飛び去った方向を追跡してると。
 ふと視線を落とすと、自身を覆っているお金に緑のペンキのようなものでマーキングがしてあった。

 「何してんだよ! かかか返してこいよ!」
 『お安い御用』


 くそーっ、気をつけないと願いをかなえるどころか、とんでもないことになる。
 あと2つか。

 『さぁ、最後の願いを』
 え!
 ……あ! さっきの返したので2つ目か!
 くそーーーっ
 かかか考えなきゃ、えーーと、え 

 何だ、何を言えば……どうする、正解は何だ…………。

 どこかしら、目の前の急須の魔人が軽蔑しているような眼差しを向けている。

 ヤバい…………早くしなきゃ。

 何だ何だ何だ何だ………………。

 『最後の願いを』

 『願いを』

 『さぁ』



 あーーーー‼︎

 「うるさいな! 少し黙ってろよ!」

 『お安い御用』

 突如、爆発するように大量の煙とともに消えていく褐色の魔人。
 マンションのベランダに続く窓一面に、これでもかと大穴を開けて。

 近所の住民のざわめきを耳にしながら、何故か祖母の言葉を思い出していた。

 「お前はどうも落ち着きがないねぇ。 いいかい、人生にはどうしても慌てちゃあいけない時があるんだよ。 
 ひとつ目はプロポーズの時。  
 もうひとつは……えーっと、何だったかね。
 えっと、えーっと
 あら、忘れちゃったよ、ともちゃん」


 そう言って心配そうに覗き込んだ祖母の眼を見返しながら、僕は「ばあちゃんこそ心配だ」と思っていた。


 「ともちゃん」

 それは兄の名前だからだ。

 そそっかしいのは、祖母譲りらしい。






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