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【参加型記事】FICTION or NONFICTION 『傘』

おはようございます、某★大手家電量販店Tenchoです。今回の記事はまたまた新シリーズです。題して『FICTION or NONFICTION』です。なんのこっちゃって事ですよね、はい。

このシリーズ記事は「Tenchoが徹底的に調べて書いた本当の情報」「Tenchoが徹底的に作り上げた嘘の情報」か分からないまま読んでいただくというスリリングな記事となっております。

本当なのか?嘘なのか?

あなたの解答をコメント欄に書いていただければ、Tenchoがあなたの記事のコメント欄にお邪魔してあなたの記事をちゃんと読んだ感想と共についでに正解をお伝えするという参加型の記事となっております。

まあ、一種のクイズ番組だと思って楽しんでみてください!

ググれば分かっちゃうかもしれませんが、ググらないで楽しんでいただけたら嬉しいです。第一弾は『傘』をテーマに深堀してそのルーツを探っていきたいと思います。

記事が気に入ったという方は是非『スキ』『コメント』『フォロー』をお願いします!フォローしていただいた方へは必ずフォローバックにお伺いさせていただきます!

さあそれでは、はじまりはじまり~。

『傘』

今回は傘について書いていきたいと思います。その中でも今回書かせていただくのは日本での傘の歴史についてです。傘は一体どうやって日本に伝わったのか?いつ頃から使われているのか?今回の記事を読んでいただければ丸っとわかってしまうので、傘について知りたくない方は読まない様にお願いしますwww

日本での傘の歴史は意外と新しく、江戸時代前期に初めて伝わったと言われております。日本史が得意な方は「江戸時代って鎖国してたんじゃないのー?」って思ったと思いますが、実は傘が伝わったのは鎖国のちょっと前。年代で言えば、1610年頃と記されています。

傘はポルトガルからの奴隷輸入船に乗ってやってきました。当時の日本はポルトガルの貿易商から労働力としての外国人奴隷の輸入を行っていました。

ポルトガルの貿易商が江戸の街を歩いている時に使っていた傘を刀職人がたまたま見かけて、見よう見真似で作った。それが日本での傘の始まりだと言われています。

今の一般的な傘とは違い、当時の傘はビニール部分には和紙、骨組み部分には木材を使用したもので、撥水が悪く2度3度使ったら壊れてしまう様な作りでした。

そして傘が今の形に近くなったのは明治時代初期と言われています。鎖国も開け外国からの素材の輸入も少しずつできる様になり、傘の素材もビニールと鉄になったそうです。

ちなみに、傘の柄の部分ってアルファベットの「J」の文字みたいになってますよね?あれってなんでか知ってますか?

あれは実はあの有名な岩倉具視の四男の岩倉道倶が発案者で、岩倉道倶が牛鍋屋に行った際に傘を置く場所が無く、天井の柱にかけられる様にJの字に改良させたのが元となっていて、その後もどうせなら引っかけられる方が良いという事で、現在まで主流になってきたという事です。

あともうひとつ大事な事があります。みなさんが慣れ親しんでいるワンタッチボタンのついた傘についてです。ワンタッチの傘はいつ頃からっていうのをはっきり書いてある文章は見つけられなかったのですが、大体昭和初期から中期の昭和10年~30年ぐらいに開発された技術の様です。

開発したのはトンボ洋傘で有名な前原光榮商店だという事でした。ちょっと開発に至る経緯や背景なども発見する事はできませんでしたが、これは今では前原光榮商店の特許技術となっているそうです。

小学生なんかが使うと逆に開いたり閉じたりしすぎて、壊れる時期が早まりそうですよねwww

という事で今回は『傘』についての記事を書かせていただきました。これは事実に基づいた記事なのか?それともTenchoの作り話なのか?

FICTION or NONFICTION

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今回は早くも2回目の登場kaze925@AIartさんのこちらの記事です。いやーkazeさんおもろいわwww 記事の内容もすごく勉強になりました!


それでは最後に宣伝をさせていただきます。

こちらの記事でも書かせていただいておりますが、Tenchoの有料記事が全て読み放題になるメンバーシップを500円からご用意しておりますので、興味がある方は是非こちらの記事を見て頂ければ嬉しいなーと思います。

それではみなさま、良い家電ライフを♪

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