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ピースメイカー/本当に味わいたいか?


※ピースメイカーのネタバレを含みます。

 ジェームズ・ガンが監督した映画「ザ・スーサイド・スクワッド」のスピンオフドラマ「ピースメイカー」(J・ガン製作総指揮・脚本・監督)は、マチズモの象徴であるピースメイカーだけでなく、周囲の陰日向の人たちもそれぞれの価値観をより良く変えていくロックなヒーローの話である。この英雄譚にはスーパーパワーを持った人間は出てこないが、キャラクターたちが皆、人間臭い魅力的な奴らばかりである。

 その中でも、特にビジランテというキャラクターは何かが壊れている、ぶっ飛んだ思考の持ち主である。彼は自分が信じる正義の名の下に、モラルに反する人々に、個人の裁量で過剰な制裁を加えている。現実に近くにいたら即逮捕してほしいが、この作品ではピースメイカーを一方的に慕う目がキラキラしたズッ友として描かれている(J・ガン監督の過去作「スーパー!」に登場する愛すべきいかれたサイドキック“ボルティー”を想起させるキャラだ)。ピースメイカーを慕うあまり、友にとって害悪と判断した父親を抹殺しに、自ら刑務所に入り暗殺を試みたりする。その友情を示す行いは、明らかに間違った手段でしかないが、暗殺に失敗した後、静かに「俺しくじったかも」と絞り出す姿になぜか胸が締め付けられた。

「スーパー!」も価値観がぐらつく瞬間を味わえる稀有な映画である。

 また、チームの一員、ジョン・エコノモスも最高だ。自分の髭を染めており、ピースメイカーに常に“染め髭”といじられていたが、物語の最後に、宇宙生物に寄生されたふりをしたまま、無感情に自分のコンプレックスを吐露する姿は共感を呼ぶ。このシーンは、とても重層的で、人間らしい味わいがあった。ジョンという内向的な男が客観的に自分を見つめなければならない状況下で、ピースメイカーの幼稚な“染め髭”というからかいの言葉を浴びせられていたことにより、中途半端に隠してしまっていた本当の自分に気づくのだ。そして、彼の告白を聞いたとき、自分の発言がジョンに影響を与えていたと知るピースメイカーの複雑な表情はたまらない。ジョン・シナが悲しそうな顔をするだけで、哀愁のあるシーンになるのだ。

 ジェームズ・ガン監督の映画の魅力は沢山ある(度肝を抜かれるアクションやユーモアと毒のある会話劇、そして気の利いた音楽)。その中でも、人間臭いキャラクターの描き方がオリジナリティがあって突出していると感じる。絶対に共感できないと思った人物のふとした発言に感動させられたり、喜劇だと思って笑っていたら突然表現できない複雑な気持ちにさせられたりする。自分の立っている地面がさらっと崩れるような感覚。これこそが正に表現そのものと呼べるのではないだろうか。これからもこの感覚を味わうことを楽しみにしている。

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