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トラウマと子育てと。

子どもには、いつも優しくしたいと思う。

優しいお母さんで居たい、と思う。

私が子どもの頃、それを心底望んでいたように。
辛いときには抱きしめ、悲しいときには寄り添い、そうやって、心の底から安心感を与えてくれる母になりたいと思う。

でも実際のところは。そううまくはいかないことも多い。

どんなに、親と同じになるまいと誓っても
どんなに、優しい親でいようと思っても

それは根性論では無理な話で、それはがんばりが足りないとか、そんな話ではなくて

小さな頃、あの辛い辛い家庭の中で、私が生き延びるために身につけた術が、今を生きる時にちょっと難しいものとして現れてくることがあるのです。

子どもは、自分の気持ちを表現しているだけなのに、それが無性に腹立たしく感じてしまったりだとか。

些細な出来事が、何にひっかかったのかわからないけどトラウマに触れてしまって、心の波を抑えられなくなってしまったりだとか。

そんなことがあるから、私は模範的な母親には全然慣れないし、こうなりたいなって思っていた母親にはなれていないんだけれども

それでも、私が母親になることを助けてくれたことがあります。

今日はそれを、書いていこうと思います。


心身の状態がぐわんぐわん動く「育児」というミッション


子育てをしていると、心がぐわんぐわん揺れ動きます。

ちょっと休もうと思った瞬間に兄弟げんかが始まったりだとか
狙ってたのかなって思っちゃうくらいのタイミングで、ねぇねぇ、が始まったりだとか。

もおーーー!と叫びたくなることも多々あります。

特に2月末頃からは、誰も予想していなかった新型コロナウイルスの影響で、我が家は強制的に自宅保育になりました。

もともと私のトラウマ由来の不調をコントロールする目的で子どもたちとは適切に離れる時間を取っていたこともあり、今回のコロナウイルスでの自宅保育はまぁしんどいものがありました。

自分に余裕がない時に、他人に優しくなんてなかなかできません。

そういう意味では、きっとどのご家庭も心身ともに大変な3ヶ月だったのではないかと思います。

子ども同士が喧嘩をしているとき。

私は余裕がないとつい、怒ってしまいそうになります。

「また喧嘩してるの?」「もうやめてよ」「うんざりだよ」

そう言いたくもなります。

けれども。
それはなかなか子どもたちには響かない。そういう言葉をかけたところで、本質的な解決にならないのはわかっているのです。

このnoteのテーマにしているポリヴェーガル理論は、アメリカのステファン・ポージェス氏が提唱した神経系の理論です。

人を、生き物という視点で見た、とても画期的な理論だと思っています。

ポリヴェーガル理論によると、人は危機を感じたとき「防衛機能」が働きます。そして防衛機能が働く時に、コミュニケーションを司る「社会交流システム」を稼働させることは難しい。

子どもの例でいうならば、喧嘩をして、「痛い」とか「怖い」とか「負けるかも」とか、そういう感覚を感じている時に社会交流システムを働かせることは難しい、ということだと私は解釈しています。

「痛い」「怖い」「悲しい」などの感情は、自分のカラダと、心を守るために必要な感覚です。それはもっというならば、私たちが「生きるために」必要な感覚だから。

だからそれを感じている人にはまず何をすればいいかというと

安心を感じられる状態を作る

ということなのです。

子どもが安心してコミュニケーションを取るために必要なこと

子どもが安心を感じ、コミュニケーションを取れるように親である私が実践していることがいくつかあります。

それは

①まず子どもたちの近くに行く
遠くから声を掛けてしまうことも生活の中では多いけれど、大事なときは近くに行ったほうがいいなぁと思います。
遠くから声を掛ける→大きな声になる→怒っていたり、威圧しているように感じさせてしまう可能性もあるからです。

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