本が積まれていく

昨日はブックオフに行って、坂口恭平の『徘徊タクシー』と保坂和志の『小説、世界の奏でる音楽』という本を買った。いずれも綺麗な状態で、置いてあるとは思わなかったのでラッキーだった。また、amazonで検索したが、『徘徊タクシー』はamazonの中古本より安く買うことができたし、『小説、世界の奏でる音楽』に関しては、文庫版がamazonにはなかった。こういう掘り出し物を見つけた時は嬉しい。だからブックオフに通うのをやめられない。ただ、『徘徊タクシー』はともかくとして、『小説、世界の奏でる音楽』はちらほらと見てみたが、何だか内容が難しそうだった。もしかしたら鬱の時に読める内容ではないかもしれない。そのため、この本は積まれるかもしれない。興味があって、色々本を買うのだが、積まれている本が多い。僕は鬱が辛くて本が読めなくなったので、詩ならどうだろうと、色々な詩集を買ったが、これも大半は積まれている。それも読むなら19世紀あたりの詩人だよな、と思って19世紀あたりの詩人の本を買うのだが、小難しくて読む気がしない。現代の詩の方が読めると思うが、現代の詩は文庫では中々出ていないのだ。単行本では出ているが、現代の詩人の単行本をいっぱい買っていたら、ただでさえお金がないのに、さらにお金がなくなってしまう。また、僕は双極性障害らしいのだが、双極性障害の偉人に興味をもって、彼らの本も買い漁った。ただ、これも昔の偉人なので読む気がしない。ゲーテとか、ゴッホとか、ベートーヴェンとか、ヘミングウェイとかだ。鬱の時に彼らの本を読む気になれないのだ。だから坂口恭平の『躁鬱大学』みたいなのを読みたいのだが、そういう本は中々ない。双極性障害の医学書を読んでも参るだけで、『躁鬱大学』のような気楽さがない。『躁鬱大学』は医学書というよりは、緩い自己啓発本みたいなものなので、読んでいて気楽になるのだ。これももう何回も読み返している。ただ、楽になるだけで鬱が治るというわけではない。そりゃそうだ。

そんなことより、相変わらず鬱や吐き気、体の痛みが辛い。いつになったら楽になれるのだろうか。吐き気が慢性的にあり、特に緊張したときや不安になった時、ご飯を食べた後が辛いのだ。緊張したときや不安になった時は分かるとして、なんでご飯を食べた後に気持ち悪くならなくてはならないのか。それがサッパリ分からない。だから食べる量が少ないのだ。運動もしたいが、吐き気があって運動ができないのだ。暑くなってきたので、散歩すら難しくなってきた。食べる量が少ないとはいえ、一応食べてはいるが、全然動かないので太るかと思いきや、ガリガリである。僕の飲んでいる薬は食欲がでて太りやすいらしいが、そんなことはない。僕はむしろ痩せたくらいだった。だから薬の副作用というものは本当に人によると思う。僕は薬で眠気や太ったりとか全くない。その代わりに、吐き気や落ち着かなくなるみたいなのがよくでるのだ。これが本当に困ってしまう。

鬱も吐き気も体の痛みも薬でなんとかならないだろうか。医者は要するに、気を紛らわして、慣れていかないといけないと言っているが、これらに耐えながら何かをやっていくのは、それなりの辛さがある。だから薬で解決できたらそうしたいのだが、中々そうはいかないのだろう。まあともかく、次回の診察時に相談だ。

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