【小説】 ウィザード #9
人々が逃げ惑う中、一人の少年が魔獣と対峙していた。
「おい、危ねーぞガキ」
少年は、レオの声が聞こえていないようだった。
彼の先天魔法だろうか、手当たり次第にものを浮かせては魔獣に向けて投げつけていた。終いにはアメティスタが乗っていた馬車の荷台すらも持ち上げ、魔獣へ放った。
しかし、黒い霧のような姿をした魔獣には、のれんに腕押しだった。
アメティスタは少年に駆け寄った。その手を引き、安全な場所まで連れて行く。離して、と暴れる少年の両肩に手を添え、まっすぐに少年の目を見た。
少年は、7、8歳くらいに見えた。まだ幼児のような幼さが、ところどころにほんの少し残っている。
「危険なことはもう二度としないでください」
「だって」
アメティスタが言うと、少年は目に涙をためて抗議する。
「先天魔法では、魔獣に太刀打ち出来ませんよ」
少年は繰り返し首を振り、なんで、と言った。アメティスタは少年を見続けながら、諭すように言う。
「魔獣というものは、人々の体からあふれだした魔力が集まって出来た怪物です。つまり、いくつもの先天魔法に影響された魔力が集合しているのです。たった一つの先天魔法では、魔獣の圧倒的な魔力の大きさには敵いません」
少年の黒曜石のような瞳が、ほんの少し揺れた。
「だから、見ていてください。彼の姿を」
少年の瞳は、視線を彷徨わせてから、レオの背中に焦点を当てた。
大きな魔獣だった。はじめは人の背丈ほどの大きさだったのに、今の間にその2倍近くの大きさになった。
レオは、羽織っていた丈の長い外套を脱ぎ捨てる。すると、袖のない服を纏った筋肉質な体と、傷だらけの両腕があらわになった。
少年がはっと息をのんだ。アメティスタは、少し、心が痛むのを感じた。
レオの両手のひらから青い炎が立った。