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人生後悔不要論

森見登美彦さんの小説「四畳半神話大系」が好きだ。

アニメ化もされて「夜明け告げるルーのうた」の湯浅政明が監督を務め、ヨーロッパ企画の上田誠さんが脚本を担当し、主題歌はASIAN KUNG-FU GENERATIONが歌い上げる豪華な布陣のアニメだった。
アニメも非常に面白いのだが、それを上回るくらいに小説が面白すぎる。

僕は大学生の時にこの小説と出会ったのだが、パラレルワールド的な話に触れた最初の機会で、それ以来パラレルワールド自体にも非常に関心がでてきた。

今回はそんな四畳半神話大系の魅力を4点にまとめてお伝えします。

魅力とクセが強すぎるキャラクターたち

まずなんと言っても出てくるキャラクター達の個性が溢れており、愛着を感じるキャラクターが多い。と言うよりも愛着を感じるキャラクターしかいない。
主人公の悪友である「小津」という人物は、月の裏側にいるような顔色をしており不気味な人物なのだが、主人公の敵味方関係なく色々な人に気に入られており、見た目とは裏腹な八方美人ぶりを見せてくれる。
『事件の裏に小津あり』といった具合に小説内のあらゆるゴタゴタの原因の多くは小津である。
ただし、読者はそんな小津に怒りや苛立ちを感じる人はほとんどいないのではないだろうか。
憎まれキャラであるが、読者からは愛すべきキャラとして確立されており、本当に憎めない重要人物である。

樋口師匠という小津が師匠と喘いでいる人物も魅力が息をしているような人物である。
本作の舞台は京都のとある大学の学生の話なのだが、樋口師匠は学生でありながら長老くらいのような落ち着きが見られる。
私も大学時代にとても同じ大学生と思えないほどの落ち着きが見られる学生がいたが、どこの大学でも1〜2人はいるこの人何歳?という役割がこの樋口師匠である。
樋口師匠と一緒に闇鍋を囲んでいるシーンは、非常に憧れを感じて大学時代に私も一度だけ嗜んだこともある。
闇鍋とは、数名で部屋を暗くして鍋を囲み、それぞれで他の参加者には内緒にした食材を鍋に入れ、お化け屋敷感覚で食感や味を楽しむというものである。
私が以前実施したときはチーかまを鍋に入れたのだが、意外と好評であった。
この作中では見たこともないような物が鍋に入っているとのこと。

ヒロイン的な位置付けには明石さんという主人公の後輩の女性が出てくる。
黒髪の乙女であるのだが、歯に衣着せぬ発言をズバズバ言うこともあれば、モチグマンという熊のぬいぐるみを可愛がったり、虫が嫌いだったりと女性らしい一面も描かれている。
かなり芯がぶれない強い印象があり、そんな明石さんが小津や樋口師匠などと関わったりしているのはかなり不思議だが、自分の興味があることには周りの目を気にせず突き進むタイプなのかなと推察する。

他にもイケメンな見た目なのに中身はハレンチで人としてどうかと思うような城ヶ崎先輩、酔うと顔を舐めてくる酒癖が悪い羽貫さん、主人公の下半身に住まうジョニーなど他にも様々な個性的なキャラクターが登場する。
全員ツッコミどころがあり、一度見たら忘れないようなそれぞれ個性的なキャラクターが物語を盛り立てている。

実際に訪れてみたくなる京都の街並み

四畳半神話体系の舞台は京都の大学の話というように先ほど少し触れたが、実際に京都にある場所が出てくる。

下鴨神社が一番特徴的な場所だが、樋口師匠が自分を「下鴨神社の神」と言って縁結びを決めているというようなことを言っていたりする。
森見さんの別作品「有頂天家族」では下鴨神社の糺の森(ただすのもり)が舞台となっている。
実際に訪れたことも何度かあるのだが、かなり境内がきれいに整備されており、下鴨神社までに続く糺の森は高い木々からの木漏れ日が癒されるような癒しスポットである。

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下鴨幽水荘という主人公や樋口師匠が暮らす下宿は、京都大学寮の吉田寮が舞台と言われている。
吉田寮に住んでいた友人がいたので、一度中に入らせていただいたことがあるのだが、まさに四畳半くらいの広さの畳の部屋となっていた。
部屋を一歩出るとゲームをしたり、酒を飲み交わしている学生で賑わっており、少し小説の印象とは異なり学生同士の合流が盛んな下宿生活が実際にはあるというのが印象的だった。

主人公の将来を占う占い師がいる木屋町通というのも実際にある京都の通りである。
近くには先斗町(ぽんとちょう)という飲食店街もあり、鴨川に面した飲食店が立ち並び、納涼床と呼ばれる鴨川に面した飲食店も立ち並んでいる。
京都らしさを感じる食事がしたいのであれば、夏の木屋町、納涼床はぜひ訪れたい場所。

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私自身も何度か京都に訪れているが、必ず下鴨神社には訪れている。
一度友人たちと旅行に行った際に下鴨神社に行く余裕がなかった際にも、朝イチで1人で行くほどのリピーターぶりを発揮して引かれた経験も。

強烈な印象に残る独特な言い回し

セリフや情景描写の言い回しが独特なのも非常に魅力的である。
特に先ほど紹介した小津とのやりとりは強烈な印象に残る。

「我々は運命の黒い糸で結ばれているというわけです。」
「それが小津とのファーストコンタクトであり、ワーストコンタクトであった。」
運命の黒い糸とか、ワーストコンタクトとか少し言葉を文字って違う印象を形成する言葉のチョイスが心地良い。
ハッとするような言葉を多く出てくるのが読んでいてワクワクする。

他にも挙げればキリがないが、ぜひ読んでいただき、いろいろな名言を感じていただきたい。

あの時あの道を選んでいれば、という後悔は不要

個人的に一番魅力的なのは四畳半神話体系が伝えるメッセージである。
主人公と同じ多感な大学生時にこの本と出会い、メッセージを受け取れたのは非常に大きいと感じる。
以下ネタバレを一部含むので、ネタバレ回避したい方はここで閉じてもらうことを推奨する。


四畳半神話体系から伝えられたメッセージは
『どのような選択をしたとしても、今の自分は変わらない』
ということである。

人は1日に最大35000回の決断・選択をしているというようなケンブリッジ大学の研究などもあるとのこと。
35000回というのはピンとこないが、私たちは多くの分かれ道を選びながら生活をしている。

弁当屋であっちの弁当を選んどけばよかった、あそこ右に行った方が近かった、といった数えきれない些細な選択を日々行いながら暮らしている。
時には、進路やパートナー選びといった人生に大きな影響を与えるような選択も迫られることがある。
大小問わず日々数多の選択をしており、その選択の中には違う方を選んどけばよかったという後悔をしたことも数えきれないほどあるのではないだろうか。

しかし、そんな考えもこの本を読んでから変わった。
決めた選択肢を振り返って後悔することをやめて、今の自分を受け入れることにしている。
四畳半神話大系は4章に分かれており、主人公は4章の冒頭でそれぞれ違うサークルを選ぶのだが、結局どの道を選んでも同じような結果になる。
映画サークルに入っても、ソフトボールサークルに入っても自分自身は変わらないし、周りの人間も似たような人間に囲まれて過ごすのだ。
分岐点の数だけパラレルワールドは存在していると思うが、違う世界の私も住んでいる場所や今の環境は異なれど同じようにこの文章を書いているかもしれない。
つまり、違う選択をしておけばよかったという後悔をすること自体が無意味で、結局違う選択をしていても今の自分は変わらないのだと強く感じた。

樋口師匠「君はバニーガールになれるか?パイロットになれるか?(中略)スーパーコンピューターの開発者になれるか?」
主人公「なれません」
樋口師匠「我々の大方の苦悩は、あり得べき別の人生を夢想することから始まる。自分の可能性という当てにならないものに望みを託すことが諸悪の根元だ。今ここにある君以外、ほかの何者にもなれない自分を認めなくてはいけない。」

作中で一番好きなセリフは樋口師匠が主人公に問う場面のセリフである。
メッセージが全て詰まったセリフだと感じる。
我々は別の何者にもなれない。
今の自分自身を認めて生きていくしかない。

このメッセージを受け取ってからは、過去の失敗を悔やんでも仕方ないと割り切ることにしている。
以前仕事で大きなミスをした時に、ミスする前に時間を巻き戻してミスを防ぐように取り計らいたいと願ったこともあるが、そんなことは叶わないし無意味だ。
そのミスを防いだとしても違うところで同じようなミスが起きたと思うし、自分の人生の中で起こるべくして起こしてしまったミスというように捉えるようにしている。
ある種の諦めだが、そうすることで少しだけ心が休まる。

失敗を振り返って反省することは必要。
しかし、その時の自分の選択を振り返って人生に後悔するのは不要である。
なので自分の選択に自信を持っていきたい。
おそらくどのような人生を歩んでいたとしても、その選択をしている自分がいたと思う。
過去を割り切って、未来に向けて目を向けていく必要性を強く感じる作品である。

ぜひ少しでも興味が湧いた方は四畳半神話体系をお読みいただき、四畳半ワールドを体験ください。

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