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黄金をめぐる冒険⑭|小説に挑む#14

黄金を巡る冒険①↓(読んでいない人はこちらから)

目の前に映る光が、暗闇に慣れた目を刺激しながら外と内の境界線をゆっくりと溶かし始めた。

真っ暗な宇宙に光る恒星のように、一つの輝点が僕たちの目に映る。
それはこの洞窟の終点を告げていた。

家を出てから白光を見たのは六日ぶりだった。ランプの灯し(これは若干オレンジがかった赤色だ)に慣れていたせいなのか、その白さは何か危ない感じがした。
やっと外に出られる。そう思うだけで地面を蹴る力がより強くなっていた。嬉しさと寂しさが混ざり合い、その渦中は次第に紫色の心となっていく。僕はおそらく、彼女と過ごす時間が尊かったのだ。その尊さを失うのは、どうしても寂しい。

進めばいずれ終わりが来ると分かっていた。この地球における全ての生物の時間は等しく不可逆的である。空間と時空の関係はアルバート・アインシュタインの相対性理論によって示された。
僕たちは重力の奴隷である。今この瞬間、この世の摂理を覆すにはブラックホールにおける特異点が必要だ。シンギュラリティにより僕たちは次元を超越することができるのだろうか。

次第にその白さが明瞭を帯びて大きな存在に広がっていき、目の前の闇を侵食していった。僕たちは確かに終点へと進んでいる。

「どうにかここを抜けることがきそうですね。あそこが、おそらくこの洞窟の終わりですね」
彼女は奥の白光を指して言った。
「これから僕たちはどうなるんだろう?」
僕は彼女の横に並んでその指先が示す方向を見ながら、拍子が抜ける調子で訪ねた。
「あの先にはおそらく、”地獄の道”が待っています。そこはどんなとこかは分かりませんが、あなたなら大丈夫です。私も付いていますから」
温かな光に包まれた彼女の姿かたちは蜃気楼のように儚く、柔らかな光子たちが声の波に集って、彼女の言葉を光らせ、僕の背後には絶対的な暗闇が存在し、それらの調和が完璧な構図として一枚の絵をかたどっていた。

「君がいるなら何の心配もないよ」
「そうですよ、それにここまで来たら引き返すこともできないですしね」
「確かにそうだね」
そう言って二人で小さく笑った。

そうだ、この先に何があろうと僕たちなら乗り越えることができるだろう。実際にこの洞窟だって乗り切ったじゃないか! 普通の人間なら耐えられないだろうが、僕たちはあの光の先にへと行き、この洞窟を抜けることができる。そしてこれから何が起ころうとも、また二人で協力して対処すればいいだけじゃないか...…

「さあ、急ぎましょう」
「君はこの先も僕の隣にいてくれるんだね?」
「もちろんです」
「僕がもし、また君を忘れてしまってもかい?」
「もちろんです」
「君がいてくれて本当に嬉しい。君が隣にいると自然と勇気が湧いてくる。でも、これからのことがとても不安なんだ。食料も残り少ないし、体ももう限界に近い。その”地獄の道”とやらは険しんだよね?」
楽観的に考えて、すぐに悲観的に陥いる。僕の頭の回路はラジオアイソトープのように不安定になっていた。

「私たちなら大丈夫ですよ」
そう言われて、こんなところでグダグダ言っていても仕方がないという気持ちになった。やはり彼女は強くて僕は弱い。

「ありがとう」
「私はあなたの隣にずっといます」

彼女は付け忘れたかように、最後に「約束」と言った。

そう約束、と。

***

僕たちは真っ白な壁の前に立ち、それが外の光ではないことに気が付いた。壁自体が発光しているのだ。ムラのない完璧に統一された白い壁は、この洞窟の出口を隙間なく覆っていた。
いや、これは壁ではない。それは壁と呼ぶにはいささか性質が違いすぎる。その壁らしきものの表面は、一見完璧な平面のように見えるが、よく見るとすごく細かい凹凸おうとつが繰り返されている。いや、凹凸というよりかは、もっと複雑な幾何学的な図形の繰り返し...…
そうか、これはフラクタル構造だ。

無数の円すい状が一定の螺旋法則で連綿と続き、大きな一つの円すい状となり、またそれが一つのさらなる円すい状を形成し、またそれが…… というようなかたちで無数の円すいが緩やかな螺旋を描くことで、この壁らしきものをかたち作っている。

異なる倍率で現れる円すいは、黄金の比率で螺旋となり、その黄金比は際限なく白い壁らしきものの全体に広がることで光の輪郭を曖昧していた。そのぼやけた光は空間との境界線を崩壊する役目を持ち、そして壁らしきものを完全なる平面にしているのだった。

僕は恐る恐る左手を前へと出し、好奇と恐怖の心でそれに触れてみた。それは綿のような柔らかさを持つが、綿ような弾力性はない。押せば押すほどに奥へと沈み、その度に壁らしきものはパタパタパタと音を立てた。
窪んだ場所に合わせ、その構造を保つように無数の円すいが動くため、そのように音が鳴るようだった。

手首が埋まるくらい押し込んでみると、それが通り抜けられる構造になっていることが分かった。おそらくこのまま身体からだごと押し込めば、この先に行くことができるだろう。

しかし左手を抜こうとすると、全く抜けなくなった。押し込む順方向の力は許容するが、逆方向の力は拒絶されるようだった。原理はさっぱりだが、魚を捕まえる時に使われるもんどりの仕掛けに似ている。弁のような入り口からもんどりに入った魚は、引き返すことができなくなり捕まってしまう。

僕は彼女の方を向き、そして彼女も僕の方を向いた。彼女は僕に微笑み、僕はそれに応じるかのように頷いた。僕たちは手を繋ぎ、この白き空間を通るために呼吸を整え、そして前へと進んだ。彼女の左手の甲には一筋の傷があった。

***

壁らしきものはパタパタパタと音を立てて僕たちの体を受け入れていく。内部へと体を押し込むにつれ、無数の円すいが前へと進む力を助長させていった。まるでこの侵入を歓迎しているかのように。

壁らしきものの内部は、相変わらず均一な白だった。その均一さが遠近感覚を奪っていったせいか、だいぶ進んだようにも感じたが、全く進んでいないようにも感じた。彼女と歩幅を合わせて、なるべく同じ速度になるよう慎重に足を運んだ。彼女の手の温かみを感じながら。

次第にフラクタル円すいは密度を増していき、その密度に比例して体を押す推進力が強くなっていった。体は自分の意思では止められないほどに加速しいき、その白さはどんどん濃くなっていく。
加速は止まらなかった。
やがてある速度に近づくと、視界はホワイトアウトして、意識が飛んだ。

***

その空間を抜けると、辺りには草原が広がっていた。草原の真ん中にはその緑を二分するかのように、一本の砂道が走っていた。僕は反射的に後ろを振り向いた。だが、白い壁らしきものはどこにも無い。それに彼女の温もりも消えていた。

そして僕はまた独りになった。

第十四部(完)

二〇二四年五月
Mr.羊
#連載小説
#長編小説
#創作大賞に向けて

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