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黄金をめぐる冒険⑪|小説に挑む#11

黄金を巡る冒険①↓(読んでいない人はこちらから)

しばらく月を見ていない気がした。

月は地球の周りをまわる唯一の衛星である。地球から約38万4000キロメートル離れた場所に位置し、だいたい27.3日をかけて献身的に地球を一周する。

月の公転周期と自転周期はほぼ等しい。それゆえに、地球にいる人類は約38万キロメートル先に浮かぶその小さな球体のうしろ姿を見ることは無い。

大気の存在しない月の温度は、人類にとって過酷そのものである。昼間は気温が100℃を超え、夜間は-150℃を下回るという。地球のすぐ近くにある星でさえ人が順応できる環境ではない。地球と宇宙の壁は、それほどにも大きいのだ。

月には「永久影」と呼ばれる太陽光が当たらない場所が存在する。その場所は月の南極と北極に形成されているクレーターの底にある。完璧な暗闇。絶対的な黒。
一体そこはどんな場所なのだろう?

***

僕たちが洞窟に入ってから、おそらく五日が経った。彼女の持ってきていた食料の七分の五が無くなった。出発する前の食事で、彼女は僕に次のようなことを話した。

「おそらくこれから長い旅が始まるでしょう。どのくらい掛かるか正確なところは計りかねますが、組織の見解では、おそらく一週間も経たずに目的の場所へと辿り着けると見ています。五日掛るかもしれませんし、六日掛かるかもしれません。ですが、これはあくまで推測です。先ほども申し上げましたが、正確には分かりません。何しろ、その場所へ向かうこと自体、私たちにとってもはじめてのことですし……」

彼女のバックには一週間分の食料(その多くが果物の缶詰や乾パン、あとは羊羹だった)が入っており、僕たちは道中にそれをしっかり一日五回食べた。一回の食事で摂取する量自体は少なかったが、彼女の方針で少量を一日に何回も摂ることにした。

水は五百ミリリットルのペットボトルが十五本だけであり、その内十本を消費した。換算すれば一人あたり五百ミリリットル/日。たったそれだけである。

それ以上水の本数を増やすことは、僕の身体的疲労を考慮して彼女が止めた。もちろん、水の持ち運びは僕が担当だった。

人は一日に多くの水分を排出し、摂取する。そのため十五本という数はとても不安であった。
僕たちはなるべく汗をかかないよう歩く速度を調整し、無駄な水分の排出をしないようにできる限りの注意を払った。睡眠により多くの水分を失くことを避けるため、睡眠時間も最小限にした。そのおかげで何とかここまでの数を保つことができていた。
存外、人は自制により肉体的な摂理すらも制御可能なのかもしれない。

五日分の食料が無くなったものの、一週間までは十分持つ計算なので、組織の見積もりが概ね正しければ食料が問題になることは無いだろう。だが、その推測は何を根拠に概算されているのか? 本当にあと二日以内にたどり着くのか? そもそも”地獄の道”とやらは存在するのだろうか?

未知の変数が多すぎて考えるだけ無駄かもしれないと思った。これからのことを悲観的になるより、もう少しでゴールが見えると楽観的に考えた方が生産的だ。

いや、ちょっと待て。地獄の道と言ったか? 道といことは、この洞窟を抜けてもまた先が続いているということではないのだろうか。ならばそのための食料と水はどうすればいいのだ。

考えられるのは、
①そこに補給地点なるものが存在し物資を補充する。
②地獄の道はとても短いので必要ない。
だが、組織がそこに行ったことがないと考えると、①は無いだろう。ならば②を期待するべきか?

いや、最も憂慮すべき点は誰もその場所へ行ったことが無いことだ。これから先、楽観視が通用する場所は一つもない。未知に対する期待など以ての外だ。
ならば、今のうちから水分だけは確保しておこう。今までよりさらに水分の排出摂取に気を配るのだ。そして彼女にだけは無理をさせないよう、お前が無理をするのだ。

そう心の中で自制心を鼓舞させて二十五回目の食事を終え、眠った。

第十一部(完)

二◯二四年五月
Mr.羊

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