liruk石版-4
【名を捨てし砂漠】
黒い太陽の下、ソウルレスの男が一人歩く。携えた《大鎌》を杖代わりに、死すらも生温い行軍を続ける。
昨日の昼食は赤蠍二匹。水分を最後に摂ったのはいつだっただろうか。記憶も意識も混濁している。だが、それらを失うことは《大鎌》が許さない。
「三日前の晩だったか」思考が口をついて出る。奴隷隊商から逃げてきた男の心臓を、慈悲なく《大鎌》で刺し貫き……その血を啜ったのだ。
しかし、男の命を以てしても彼の飢えは満たされなかった。早急にこの砂漠を抜け、街に住む無辜の命を多く喰らいたい。喰らわねばならぬ。
そのための道はわかっている。星が標となり、彼を導いている。
だが――どうにも嫌な予感が脳裏をよぎる。まるで、俺を魔城からこの砂漠まで吹き飛ばした、《勇者》アルコナが待っているような――
背後に着地音。ガゼルを思わせるようなしなやかな音だった。
「こんにちは、また会ったね。ソウルレスの騎士クン」
奴が居た。鷹の意匠をあしらった華奢な軽鎧とは裏腹に、ソウルのない彼が恐怖を覚えるほど奴は強かった。
「その鎌、置いていってもらえるかな? そうすれば、余計なしがらみのなくなった僕ら二人で愛し合えると思うんだよね」
幸運なのは、彼が《勇者》が何を考えているのか理解するだけの時間を持ち合わせていなかったことだろう。不運なのは――
「だんまりならこっちから行くよ! 《飢饉呼びし黒き蝗のレギオン》!」
《勇者》になるような連中は目的を達成するならば手段を選ばない。言ってしまえば凄まじいサイコ野郎であろうことだった。
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