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うちのこ酒乱SS-12「廃区画のリノベーション」

このSSはファンタシースターオンライン2©SEGAの世界観および、バンブーエルフ概念をもとにした、うちのこ二次創作です。

 頭が、痛い。
 数少ない生身の部分である脳が、水を要求している。
 目を覚ます。

 ……朝日とともに視界を埋め尽くしたものは、筋骨隆々な女性の肢体。
 恐ろしいことに、下着姿だ。
 「……!?」
 ――バンブーエルフのツーズーである。見知らぬ部屋、同じベッドでツーズーが寝ている。
 (待て、状況がつかめんぞ。一体何があった……!?)
 体を半分サイバネ化したアークス、九十九堂は想起する……。

◆◆

 アークスシップ第四艦「アンスール」。元武器倉庫の現廃区画。
 「ええ、九十九堂さん。そのイスはフェンスの前に。ツーズーさんはカウンターをこちらに持ってきてください」
 「おう」「あいよー」
 指示を出しているのはユアンスウ肆式だ。奥ゆかしい男性であり、普段は全身機械だが、今日はヒューマンを模したボディに乗り換えている。

 今日は廃区画のリノベーションを行っているわけだが、これはユアンスウ肆式の製作者であるスキップ博士の指示だ。先日「ユアンスウが不特定多数の人間と接したときの感情データがほしい。バーを経営させる」とのたまったらしく、それに付き合わされているという経緯がある。

 「置いたぜ。冷凍庫と冷蔵庫は事前に運ばれてたんだったか?」
 イスを運び終え、パシパシと手を払う。 
 「冷凍庫? なんだそれは」
 ツーズーは疑問を口にする。彼女はアークスの文化にまだ馴染んでいないし、なんなら地球における現代知識もそれほどない。
 その代わりというべきか、戦闘をさせたらべらぼうに強い。実際、俺も最初に一回だけ不意打ちでどうにか倒したのは良いが、それ以降の正面からの模擬戦では一度も勝てていない。
 「電力を消費して内部に冷気を充満させる装置ですね」
 「電力……はアレか。ここでいうゾンデだったな。冷やせば食い物も腐らないよな。すげえ」
 「そうです。今も色々冷えてますよ」
 冷蔵庫のドアを開く。
 酒瓶やフルーツジュース缶、ナッツ類などのおつまみが揃っている。
 「酒……だな。かなり色々揃ってるな……」
 ツーズーは冷蔵庫内を覗き込む。
 「青竹はあるか?」
 「……流石にそれはないですね」
 「カーッ! つまみに青竹は必須だぜ! エールを飲んだ後にバキッと行くのが最高なんじゃねえか! 九十九堂もそう思うよな!?」
 とても反応しづらい。
 「生身なら歯が折れるんだよなあ」
 実を言うと顔面が機械なので噛めないこともないのだが、当たり障りのない反応を返す。
 「カーッ! まあ嵩張らなさそうなのを数本突っ込んどくわ。キャストなら食えそうだしな」
 ポーチから折った竹箸を5本程取り出し、調味料ポケットに差し込む。
 「そ、それはどうも……」
 ツーズー以外は竹箸が食物ではなく食器であることに気づいていたが、指摘できなかった。

 「それでユアンスウさん。そろそろ配置も終わりですかね?」
 彼はそうですね……と唸り、脳内RAMを検索する。
 「後は机類を軽く拭けば終わりですよ」
 「よしきた! 終わったら飲もうぜ」
 「ククク……九十九堂、その作業ならもう終わらせたぞ」
 ツーズーは、やや汚れた布をヒラヒラと振る。
 「なにッ!?」
 「アタシの〈目〉を解放した。つまり超高速で動いて拭いた。秒で終わったぞ」
 「サンキュー!」
 ガッツポーズ。
 「うわあ、作業早すぎて30分余ってますよ」
 「酒は原動力。酒は命の水。酒は通貨」
 「ちょっとそれはよくわからないですね」
 「で、どれを飲んで良いんだい?」
 「エール、ラガー、ジン、日本酒、各種ジュース、ソーダ、水と氷はストックがあるので、節度を守ってご自由にどうぞ。おつまみは浮遊大陸産のナッツ類とジャーキー、それとパックに入っているものは大丈夫です」
 「ありがとよ」
 エールを選ぶ。おつまみはジャーキーだ。
 「じゃあアタシは……アタシもエールだ。つまみはさっきの竹箸」
 「どうぞ」
 「どうも。久々のエールじゃねえかな」
 ジョッキに注ぐ。金色に輝く液体で満たされ、泡が浮かぶ。
 「じゃあ、旗揚げに乾杯」
 「乾杯」
 Chin! とグラスが音を鳴らす。
 そして、ゴクゴクと飲み、机に叩きつける。
 「仕事終わりの酒は最高だぜ!」
 「同意するところだ、九十九堂」
 こちらのグラスにはまだ三分の一ほどのエールが残っているが、ツーズーはすでに飲み干している。
 「……酒、強いのか?」
 「“クソ”強いぞ。酔い潰そうとしてきたクソどもを逆に酔い潰したこと十回以上。介抱したのも十回以上だ」
 「すげえな」
 「バンブーエルフの内臓ナメんな」
 彼女はつまみの竹箸をバキっと折り、口に放り込んで砕く。
 「九十九堂は……それほど強くないのか?」
 「まあなあ。二つほど弱点がある」
 「弱点?」
 ジャーキーを噛みながら答える。
 「一つ。生身の部分が少ないのでその分酔いが回りやすい。二つ、肝臓が発展途上の人工物なのでオーガニックより弱い」
 「ほう」
 「要は全部サイバネ化ってやつが悪いんだよなあ!」
 「難儀なもんだ」
 ツーズーは二杯目を注いでいる。
 「ユアンスウさんはどうなんだい。どのくらい行ける?」
 「私は解毒モジュールを装着すれば人並みには」
 「弱いの俺だけかよ……勘弁してくれよ……!」
 ジャーキーを二枚掴み、まとめて口に入れる。

 「まああれよ。酒の場ってことはアレだろ。自分語りしようぜ」
 話題を振る。
 「自分語りか」
 「ああ。俺がここに来る前の話でもいい。地味に興味がある」
 「ユアンスウ、先に話すか?」
 「私は年齢が一年六ヶ月なので……」
 「「一年六ヶ月!?」」
 開幕からフォイエのノリで放たれたフォメルギオンに衝撃を受け、思わずジョッキを叩きつけて驚愕する。
 ヒトなら幼児だ。
 「結局の所、博士に作られたんでそんなもんですよ。人格データは他人のコピーを複数人ぶんまとめてくっつけたとか」
 「わけがわからん。どうやったらそんなに奥ゆかしくなるんだ」
 「“教育”の賜物ですよ」
 「アークスすげえな」
 「そうおっしゃるツーズーさんは、エルフゆえ長命なのでは?」
 「ああ、まあそうだな。百二十年程生きているが、あっちじゃ青二才だったよ」
 「マジで居るんだな、エルフ」
 感心し、ため息をつく。
 神に近いとされる種族が、そこら中に居る世界があるのだ。
 「例外もあるがな。いつもアタシと一緒にいるポテサラエルフのララモイって居るだろ? あいつは株で増えるぞ」
 「……は?」
 「土に植えたら株分けして増える」
 「えっ」
 「与太ではないですよね?」
 「マジだ。アタシの知るあいつは三代目。二回戦死したが、土に植えたら新生した。記憶も引き継ぐ」
 「えるふ……えるふってなんだ……?」
 頭が痛い。空想上のエルフ像からかけ離れている。
 「大陸中で最も分派が多い、胡乱で誇り高い種族のことだな」
 「ンンンー……」
 ユアンスウさんまでもが頭を抱えている。
 この真実を受け入れるには、ヒトの脳は脆弱にすぎる。

 ◆◆

 気を取り直し、飲む酒を変えることにした。
 俺は度数低めのジンリッキーを作り、ツーズーはストレートの日本酒に焼いた竹のフレーバーを移している。
 おつまみはパックに入っていたサラミだ。
 「んじゃまあ、俺の話をしようか」
 「よしきた」
 「どのネタが良いかな……サイバネ化した理由の話にする」
 「ふむ。実際五体満足で、望んでサイバネ化するケースは多くありませんからね」
 ユアンスウはフォローを入れ、スクリュードライバーをちびちびと飲む。
 「そういうことだ。それを説明するために、俺の名前の話をしなくちゃならない」
 「九十九堂冷泉分胤だったか」
 「うむ。それでまあ、冷泉は実家の家名でな。昔は冷泉分胤だった。兄も居る」
 「そうなのか。それで」
 日本酒に漬けていた竹を取り出し、齧り、続きを促す。
 「その兄が曲者でなあ。俺の居た地球には六大派閥があって、実家は武闘派閥に属しててよ。それで兄貴が「冷泉家に跡継ぎは一人で良い」っつって暗殺カマしてきたわけよ」
 「なんだそりゃ。肉親殺しとかアタシの世界より恐ろしいぞ」
 「兄貴がヤバかっただけだよ。割と話の通じるやつも居る。そんで話を戻すと、右腕をダメにしながら逃げおおせたは良いんだが、行くアテが無く困ってたら技術派閥に行き着いたって話。世話になったよホント」
 サラミを掴み、取り落とす。
 「九十九堂の姓はそこで得たということですね」
 「ああ。義体化も技術派閥でやった。楽しかったぜ? 流石に宇宙文明のオラクルほどじゃないが、頭のおかしいやつが頭のおかしいことやってて賑やかだった」
 ユアンスウが席を外す。博士から通信が来たらしい。
 「ほう。楽しかったのになぜ別世界まで来た?」
 おらチェイサーだ。文字は読めんが多分これだろう、と、ツーズーがグラスに透明な液体を注ぐ。
 「後で分かったんだが、事故だったよ。博士に調べてもらったが、貴族派閥の奴らがどうにかして先にこっちに来てたそうだ。それで世界が繋がっちまって、それ以降極稀に移動が起こってる」
 “チェイサー”を飲み干す。
 むせる。
 「んん?」
 ツーズーが眉根を寄せ、チェイサーだと思われていた瓶の蓋を開け、嗅ぐ。

 顔を、しかめる。

 「すまん、九十九堂。やらかした」
 「何の話だ」
 「ユアンスウを呼んでくる。辛くなったら横向きで寝ろ」
 「あ……?」

 意識が溶け、朦朧としていく。

 異常に、眠い。

 ◆◆

 そして、翌朝である。
 「そんなオチだった気もするな……」
 九十九堂は、己が倒れるまでの状況をどうにか思い出す。

 「それで、ツーズーさんに介抱された。それは推測できる」

 だが、最大の問題が残る。
 「やってしまったのか……?」
 酔いからの行為で、本人は覚えていない。最悪のパターンが脳裏によぎる。

 「ククク……」
 ツーズーが笑い、目を開ける。
 「おはよう、九十九堂。至極残念ながら、“そういう”ことは起こっていないぞ」
 どうやら、既に起きていたらしい。

 あの後の状況を要約すると、駆けつけたユアンスウの指示を受け、ツーズーに米俵めいて担がれた俺は、スキップ博士のラボにダッシュで運ばれた。
 その後胃洗浄を受け、最後にツーズーのルームに介抱という形で持ち帰られたのである。

 余談ながら、スキップ博士は「ああ構わん。酔い潰したんじゃなければ自衛せず酔ったほうが悪い。基本的にこういう事が起こるから酒はクソ。九十九堂をファックしていいぞ」とブチ切れながら作業していたらしい。

 「そういうのは同意を得ないと後が怖いんでな。アタシはパームエルフ一行がハーフリング集落でやらかして、最終的に慰謝料持ってかれたのを見てる」
 今回は、彼女の経験に助けられたようだった。

 「すまん」
 「良いって良いって。謝るのはこっちの方だ。元はと言えば、アタシが文字を読まなかったのが悪い」
 ツーズーは起き上がる。

 「それで九十九堂。次はいつ飲む?」
 「OOPS……」
 「お前の意思で酔いつぶれたら襲うからな」
 「……OOPS……」

 朝日が、眩しい。

〈完〉

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