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【第2回】多様な社会と”私たち”の課題

こんにちは、認定NPO法人Living in Peace(以下、LIP)難民プロジェクトです。

前回の『難民2世について考える』では、外国ルーツのこどもたちの置かれた環境や親との間の葛藤、アイデンティティの獲得などについて、多文化共生や、外国ルーツのこどもたちの教育について研究されている、東京大学の髙橋史子先生にお話を伺いました。

今回も引き続き髙橋先生のインタビューより、日本で育った難民の2世以降が抱えうる課題や、それに対して私たちはどのようなことができるか、どのような考えや行動が必要とされているのかについてお伝えします。

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髙橋史子
東京大学教養学部附属 教養教育高度化機構 社会連携部門 特任講師 
オックスフォード大学社会学部博士課程修了、D.Phil.(社会学)。研究テーマは、移民・難民のこどもたちの教育や社会参加。主な著作:髙橋史子(2019)「多文化共生と日本の教育(学校実践編)」.額賀実彩子・芝野淳一・三浦綾希子(編).『移民から教育を考える―子どもたちをとりまくグローバル時代の課題』ナカニシヤ出版.193-202.

◎Equality(平等)とEquity(公正)

―――外国ルーツのこどもたちが、日本で「きちんとした」教育を受けるために、日本の学校・先生ができることはどんなことでしょうか? 

これは非常に難しい問題です。フィールドワークで様々な学校の先生と接する機会がありますが、先生たちのいらっしゃる教育現場は、本当にお忙しく、これ以上なにかをしてほしいと言いづらい気持ちが正直あります。ただ、一方で、多民族・多文化な社会の実情にあわせた対応が必要だとも強く思います。ですので、教育現場を支えるための制度が必要であると考えます。

日本では、日本語学習の支援も十分とは言えませんし、いわゆる米国やカナダなどで発展してきた多文化教育も日本の授業では一般的ではありません。日本のカリキュラムは、日本のマジョリティを中心に構成されており、学校の先生が個人で、外国ルーツなど、こどもたちそれぞれにとって最適な何かを行うことには限界があるのです。
外国籍のこどもの不就学が多い現状を考えると、まずは、移民・難民のこどもたちにとっても平等な教育機会を保証することからではないかと思います。そのためには、移民・難民を受け入れる社会統合政策や制度を、国として持たねばならないと考えます。
そのうえで、日本語指導の先生だけでなく、担任や各教科の先生がこどもたちの多様な文化的背景に対する理解を深めること、カリキュラムにも多様な民族・文化的視点を持つための研修機会を設けたり、あるいは教員養成課程で多文化社会と教育や教育格差について学ぶ機会を必ず設けたりすることが重要ではないかと思います。

これまでの日本の公教育では、どこにいても同じ教科書が手に入り、どんな生徒でも同じ授業を受けられるという意味の「平等な教育」の制度が整ってきました。それは、素晴らしいことですが、一方で、たとえば「外国籍だからといって特別扱いできません」という考え方にもつながります。
こどもたちのもつ資源(家庭環境や言語など)が違うときに、それでも平等化された教育を行う、つまり「みんな同じことをする、させる」平面的な平等観ではなく、構造的な差異に目を向け、格差を是正することができるような平等観も持つ必要があるのではないでしょうか。つまり、Equality(平等)だけでなく、Equity(公正)の視点も重要ではないかと思うのですよね。
そして、このEquity(公正)は、先生たちだけでなく、保護者が持つべき平等観でもあります。「あの子はなぜえこひいきされるのか!」とならないように。

こどもたちの教育機会を民族、国籍、人種などに関わらず保証すること。その上で教育内容や指導のあり方、学校文化において、どのように【多様性】と【平等・公正】を両立できるのかを議論していかなければならないと考えています。

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―――多文化教育に対して先進的な国や学校では、どのような教育が行われているのでしょうか。

たとえば、アメリカ・シカゴのある高校を訪れた際に、アフリカ系アメリカ人の先生が担当されていた歴史の授業を見学しました。その高校のある地域は、アフリカ系や難民の生徒が多く、また貧困家庭も多い地域でした。従来、教科書に描かれている歴史は白人の視点で書かれていることがほとんどですが、その学校では、同じ歴史をアフリカ系の人たちの目線で考えて調べてみようという取り組みを行っていました。白人の先生たちは、リードする側ではなく生徒たちが調べた内容を一緒に学ぶ立場に回ります。
そして、授業では、アフリカ系の人々がいかにアメリカの歴史に貢献してきたかを学ぶと同時に、白人・黒人の社会での構造的な格差や対立なども学ぶこととなります。そのなかで、生徒たちは、権力関係を踏まえて、どのように自分たちは行動すべきかを考え話し合う機会を持つのです。

日本の学校での取り組み事例としては、インドシナ難民の人たちを中心にした多文化教育の事例があります。この授業では、難民のこどもたちが、自分の親や地域の人に話を聞きながら、日本にたどり着くまでの経緯を学んだり、母国の歴史を調べたりしていました。また、同じバックグラウンドを持つ先輩たちに話を聞いて、苦悩や葛藤を学ぶ機会にもなっていたようです。たとえば、地域のベトナム人が講師として教壇に立ち、学校の先生たちは、オーガナイザーとなり、生徒たちが調べたことをともに学ぶスタイルとなります。

外国ルーツのこどもたちだけが学ぶ場ではなく、日本のマジョリティの生徒も先生も共に学べる授業は、外国ルーツのこどもたちにとって、自分のルーツを知るというだけでなく、肯定的にアイデンティティを形成することにも役立つと考えられます。

「構造的な」格差とは
個人に由来する格差ではなく、社会制度や文化など社会構造によって生じる格差のこと。

◎”マジョリティの特権の享受”に気づくことで、多様な社会は進んでいく

―――難民2世、3世以降とも共生していくうえで、今後、日本人にはどのような意識や活動が求められるとお考えですか。

様々な人が、経済、社会、文化など様々な領域で活躍、貢献している現実を認識し、より包括的(Inclusive)に、日本に居住するすべての人に基本的な権利を保障するという考え方が重要であると考えます。「日本人とはだれか」というと、「日本人=単一民族」という考え方が、長く浸透しているように思いますが、日本社会は、もう、ずっと前から多様で、これからますます多様になっていくと思います。

また、多様性を受け入れるには、私たちが日常生活から「いかにマジョリティであることにより特権を享受しているか」に気づくことが重要ではないでしょうか。意図せず、いつのまにか受けている特権によって、自分とは違う立場の人が生きづらさを感じていることに気づき、より【平等・公正】な仕組みに変えていくことが必要です。たとえば、日本社会はまだまだ、単一民族を前提にした学校カリキュラム、政策、そして、制度だけでなく公共の場でのマナーや慣習などもそうだと感じます。これらを、「いろんな人にとって本当にこれでよいのか?」と一緒に考えていくことができる社会になるとよいと思います。

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◎髙橋先生より【さいごに】

―――目の前の不平等や差別の背後にある構造に気づくこと。

私は多文化社会と教育の研究をしていますが、ボランティアや調査を通じて接した難民のこどもたちや若者に対して何を残せただろうか、と悩んできました。今でも研究者としての関わり方に物足りなさや疑問を感じることは少なくありません。
ただ、現場に近い研究をして、目の前の不平等や差別の背後にある構造を理解しようとしたり、それを授業や論文などを通して幅広い人に伝えたりすることで、少しでも議論のきっかけになればと思い、研究者としての関わり方を続けています。
多様性と平等と公正をいかに両立できるようにするかは、多文化社会の核となるテーマだと思います。この点について今後も問い続けていきたいと思います。

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髙橋先生のお話を伺い、「あたりまえ」とは何かを問いかけ考えること、その違いに気づいたところから「どうすればよいか」を一緒に考えていく姿勢を、一人ひとりが持つことが重要であると感じました。
私たちはすでに外国ルーツの方々と出会っており、その違いを無視することはできません。多様性を「豊かさ」だと捉えることで、外国ルーツの方だけでなく、マイノリティを含めて、”私たち”にとってより建設的な教育・社会を創っていくことができるのだと、改めて認識しました。

まだまだ”私たち”の課題について先生のお話しを伺いたかったのですが、今回はインタビューはここまで。次回の「難民2世について考える」もお楽しみに!
インタビュー前編はこちらから。

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★LIPでは多文化社会の共創に向けて、東京大学・筑波大学との共同研究で難民・難民2世以降について取り組んでいます。

少なくとも片方の親が外国出身で、日本生まれ、または10代前半までに来日した若者(移民・難民第二世代)の大学卒業後の日本での就職には大きな障壁があります。様々な経験や能力を有するにも関わらず教育から労働市場への移行がスムーズに行われておらず、そのことを調査した実態研究も現時点では存在していません。そのため、この共同研究では、企業・当事者へのインタビューを通して移民・難民第二世代の若者の教育から労働市場への移行がなぜスムーズに行われていないのかについて明らかにすることを目指しています。

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執筆:宮本麻由(Living in Peace)

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