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【西武ライオンズ 今日の見どころ】カウントダウン「LEGEND GAME 2024」#13 工藤公康編

3月16日(土)に開催される、西武ライオンズ初のOB戦「LIONS CHRONICLE 西武ライオンズ LEGEND GAME 2024」まで、約1か月半となりました。

このページでは、出場が予定されているライオンズOBたちの、一味違った現役時代のエピソードや、玄人好みする記録などを紹介していきます。

工藤 公康(くどう・きみやす) 

投手 左投げ・左打ち 1963年5月5日生まれ
ライオンズ在籍:1982~94年、2010年
通算成績:635試合 224勝 142敗 3セーブ 10ホールド 防御率3.45
背番号:47(82~94年)、55(10年)

実働29年、23年連続勝利は、いずれもNPB最長タイ記録。ライオンズ時代にあげた113勝は、球団左腕の歴代最多勝利になる。あらためて紹介するまでもない、球史に残るサウスポーだ。

名古屋電気高校(現・愛工大名電高)3年夏の甲子園で、長崎西高相手に毎回の16三振を奪ってのノーヒットノーランを達成して、秋のドラフトでは1位指名が確実視されていた。が、ドラフト会議の直前にプロ入りを拒否、社会人熊谷組入りの意向を各球団に伝える。

そんななか、ライオンズだけがドラフト6位で強行指名。その経緯については、さまざまな証言が伝えられているが、長期戦の入団交渉の末、年明け1月になって、工藤のライオンズ入りが正式に発表される。

1年目から代名詞である落差の大きなカーブを武器に、中継ぎとして27試合に登板。8月31日の日本ハムファイターズ戦では、5回途中から2番手で登板。8回までをノーヒットに抑えるロングリリーフで、プロ初勝利をあげている。

ライオンズの高卒左腕で、プロ1年目から勝利した投手は、工藤が最後。もう40年以上、現れていない。

ライオンズ 勝利をあげた高卒新人投手 ★左腕

エース東尾修の薫陶を受け、プロ5年目の86年から3年連続二桁勝利。87年には、最優秀防御率と最高勝率の2冠に輝く。また短期決戦に強く、86、87年と、2年連続日本シリーズMVPに輝いている。1分3連敗から4連勝した86年の第5戦で、広島カープの津田恒実から打ったサヨナラヒットは、第8戦の秋山幸二のバック宙ホームインと並ぶ、このシリーズの名場面だ。

工藤と渡辺久信、左右の若き両輪は、ゴルフウェアが定番だったそれまでの野球選手とは一線を画した、私服の着こなしで、女性人気も沸騰。「新人類」「トレンディエース」などと呼ばれていた。

ただ、88年には不調での2軍落ちを経験。89年はシーズンわずか4勝と、壁にぶち当たる。のちに本人が語ったところでは、不摂生が原因での肝機能障害で、野球はおろか、命の危険すらあった状態だったという。

そこからトレーニング方法や人体の構造、栄養学などを一から学び、土台から身体をつくり直す。90年オフには、ハワイへのV旅行を辞退して、傷めた左ヒジのケアに時間を割いた。すると、91年には自身最多となる16勝、93年には15勝3敗でシーズンMVPと、完全復活を果たしてみせた。

好成績を続けるうちに、球団からは小さな背番号への変更を打診されたこともあったが、渡辺、西本和人といった、同じ背番号40番台だった同世代のピッチャーたちと「いまの背番号が看板になるくらい、自分たちが活躍しようと」と誓い合い「47」を背負い続けた。実際工藤の出現以降、多くのサウスポーが「47」を付けるようになり、左のエースナンバーのイメージが広がった。

94年オフに、福岡ダイエーホークスへFA移籍。その1年前に移籍していた秋山幸二と、万年Bクラスに低迷していたチームの意識改革をうながし、常勝ホークスの礎をつくる。

ライオンズ、年ホークス、ジャイアンツの3球団で、日本シリーズに合計14回出場。これは王貞治と並ぶNPB歴代最多タイ。日本シリーズでの通算102奪三振は歴代最多記録になる。

ジャイアンツ時代の04年に、通算200勝を達成。門倉健のFA移籍に伴う人的補償でベイスターズに移籍。3年間プレーして、自由契約となった工藤をライオンズが獲得。16年ぶりの古巣復帰となった。

1歳年下の渡辺監督のもと、リリーフで10試合に登板。10年8月25日の千葉ロッテマリーンズ戦が最後のマウンドとなった。これが47歳3ヶ月のライオンズの最年長登板記録となっている。

2015年から7年間ホークスの監督を務め、3度のリーグ優勝に導いた。現役時代と合わせると、日本一を16回経験している。これは森祇晶の20回(選手11回、コーチ3回、監督6回)に次ぐ数字だ。16年に野球殿堂入り。

工藤 公康   年度別成績

・主なタイトル
 最優秀選手 2回(93、99年)
 最優秀防御率 4回(85、87、93、99年)
 最多奪三振 2回(96、99年)
 最高勝率 4回(87、91、93、00年)
 ベストナイン 3回(87、93、00年)
 ゴールデングラブ賞 3回(94、95、00年)
 正力松太郎賞 5回(87、15、18~20年)
 日本シリーズMVP 2回(86、87年)
 オールスター出場 10回(86、87、91、93、95、97、99、00、04、05年)

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