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通訳者=『脳みそ耐久レース』の選手


#仕事について話そう

私の仕事は、中国語の通訳・翻訳者です。

フリーでお仕事をしており、エンタメ関連から官公庁ものまで幅広くお仕事をしております。

お仕事は大きく分けて、話している言葉をその場で日本語⇔中国語に変換する、言うなれば異なる2言語を話す人たちの間を取り持つ『通訳』のお仕事と、映像や文章を日本語⇔中国語に変換して書き起こす『翻訳』のお仕事がります。

日本に来日したスターの隣で言葉を訳す人が通訳者、ハリーポッターなど外国の人気小説を日本語に訳すのが翻訳者、というとわかりやすいでしょうか。


語学でお仕事をする人の中には、『私は通訳が得意』『私は翻訳の方が得意』という、好みがある場合もあるかもしれません。


私はというと、新卒で官公庁にて勤務を始めた時に、絶対に失敗できないオフィシャルな場での通訳をさんざん担当してきたこともあり、どちらかというと『通訳の方が慣れてる』し、人と対面して話す通訳の方が好き、というのかんじかなと思います。

緊張感があり、かつ話す人の温度が伝わりやすい通訳の場面の方が好きなのだと思います。


そんな私にとって、通訳とは『脳みそ耐久レース』です。


これ、通訳者の方には共感していただけますかね(笑)


今回は、私にとって『脳みそ耐久レース』である、通訳者のお仕事について紹介します。


事前準備が8割

お仕事を進めるなかでも『段取り8割』とはよく言いますが、通訳者の仕事もまさに同じです。

事前資料がある場合と、口頭で少しだけ事前に情報をいただいている場合がありますが、どちらの場合でも、できる限りの下準備をしておきます。

例えば、裁判所の通訳の場合は事前に大量の資料が送られてくるので、それらの資料を全て中国語に翻訳したうえで、その中国語のチェックを念入り行い、何度も読み上げの練習を行います。

事前に資料がない場合は、口頭でもらった情報をもとに、その情報にまつわるニュースやWikipediaなどをチェックし、当日、どんな言葉やエピソードが出てきても良いように幅広いボキャブラリーを揃えておきます。


知らない言葉は、話すことも聞き取ることもできません。当たり前ですよね。

ノートに書き留めておくのも良いですが、私は新しい単語を覚える時にはノートに書き記したりしません。全て記憶します。これはガチです(笑)


実際の通訳の現場では、あ、この単語なんて言うんだっけ、確かノートに書いてあったな~なんて見ることはできません。学生へのインタビューくらいの、和やかな雰囲気の交流の場であればカンペがあっても問題ないと思いますが、プロとしてお金をもらっている以上、基本的には全てスラスラと言えなければなりません。

はっきり言ってしまうと、その程度の仕事意識で通訳者と名乗り、また仕事に臨むことはクライアントに対して失礼です。


通訳に従事する時間は短くても、それ以外で準備にかかる時間も、通訳の仕事のうちであり、どれだけきちんと準備できたかによって、仕事の完成度が左右されます。

本番=『目に見えない自分の脳みそと戦う数時間』


いよいよ、その時を迎えます。

私の場合、現場に到着するまでの道中で、イメージトレーニングをたくさん重ね、早めに現場入りするようにしています。

本番は絶対に緊張するので、事前に余裕を持って行動することが大切です。

そして、いよいよ本番です。

私が最も『脳みそ耐久レース』であると感じる、裁判所での法廷通訳の場合をお話します。


皆さんのなかで、裁判の傍聴に行ったことのある人はいるでしょうか?
なかでも、外国人事件の傍聴を行った方はいるでしょうか?


日本にいる外国人を裁く際には、必ずその外国人の母語で裁判が行われます。そして、基本的には裁判所で話された全ての言葉を、通訳しなければなりません。


裁判官、検察官、弁護士、被告人、証人など、全ての言葉のやり取りを法定通訳人が日本語⇔外国語になおして発言するのです。

法廷は、とても緊張した雰囲気に包まれています。

友達の会話やインタビューレベルであれば、聞き取れなかった時、言葉の意味がよく理解できなかった場合に聞き返したり、確認をすることもあまりはばかられませんが、法廷では違います。

全ての言葉を正しく、全て通訳する。


これが基本です。
聞き取れなかった場合や間違えてしまった場合などは、繰り返し質問することや訂正を行うよう決められていますが、そう何度も聞き返したりはできません。

なぜなら、それを繰り返すことにより『本当に言葉理解しているの?相手にちゃんと伝えられているの?』と、裁判の進行を妨げ、双方に不信感を抱かせてしまうからです。


目に見える商品や、成果物なら、完成度や自身のレベルが目に見えてわかりますが、通訳のレベルは、話してみないとわからないのです。

また、通訳者自身も、現場を何度もこなすことで実力を高めていきますが、その現場に出るまでは自身の集中力・語学力(日本語・外国語ともに)・理解力、空気を読む力など計り知れない部分もあります。

自分はこれだけできる!と思っていても、いざ現場に出ると、緊張感や圧迫感などで、実力を発揮しきれない時もあります。


ただ、逃げることはできません。

(逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ・・・!)


と考える暇もないくらい、集中しています。


最後まできちんとやり遂げられるか、これまで自分が育ててきた、目に見えない自分の脳みその耐久レース。実力テスト。これが通訳の仕事の難しさでもあり、面白さでもあるのかなと思います。


最近では、2時間近くに及ぶ法廷通訳で、日本語に訳して話す際に『それと』と日本語で言うはずだったのが『还有~』と中国語が日本語に混ざって出てきた時点で『やべ!脳みそが黄色信号!』と限界を感じる出来事がありました。


法廷にいるのが、裁判官、検察官、弁護人、被告人、証人だとしたら、1人でその5役の言葉を全部喋っているのだから、脳みそも酷使されるわけですよね(笑)

終わった時には、もうヘトヘトです。
真っ白に燃え尽きます(笑)


でもそれくらい、通訳者は頑張っているのです。


目に見えない『個人の能力』でお金を稼ぐということ

通訳者・翻訳者の商品は『自分自身』です。
商品の価値は、目には見えず、私たちの頭の中にあります。

その商品価値が試されるのが一発勝負である通訳の現場なのです。

頭を使ってそれぞれの現場で勝負する、という点では、将棋や囲碁などの世界と似ているかもしれませんね。

目に見えない自分の能力と戦うのは、とても緊張しますし、失敗したらどうしようと不安になることもたくさんあります。


しかしそれが『通訳者として仕事をする』ことなのではないかと思います。


通訳者に対する報酬は比較的高く、時給に換算すると最低でも5000円以上、レベルが高くなればなるほど1万円、2万円と上がっていきます。

通訳者の能力への対価として支払われており、言ってみれば、『脳みそ耐久レースの賞金』なのです。


だからこそ通訳者は日々自己研鑽に励まないといけない、語学能力のほか、現場での集中力、空気の読み方も含め、常に努力し続けなければなりません。


難しいし、疲れます。

でも、だからこそ面白い。

私は通訳者、脳みそ耐久レースの選手です。


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