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いんげんの復権と受け継がれる味

先週、子どものころ苦手だった「さやいんげん」(にもかかわらず、つまみ食い一味にされしまった)話を書いた。

その後も、食卓に出されて残すようなことはなかったものの、大人になっても青虫感が根強く残っていて、自分から好んで選ぶことはなかった。

しかしそんな私が一転、今はいんげん好きになっている。
青虫扱いだったいんげんの復権である。

そのきっかけとなる出来事があった。


結婚してイタリアに渡ったころ、夫の実家での昼食に「いんげんとじゃがいものサラダ」が出てきた。

はじめて見る一品だったが、イタリアでは定番らしく、特に初夏から夏にかけてはよく食卓にのぼる。
夫にとっては「おふくろの味」のようだった。

大きなサラダボウルにたっぷり盛られて出てきたときには、「げ、いんげんだ」とテンションが下がったが、少し様子が違った。青々していないのである。
義母の作るそれは、くたくたに茹でられていた。どうも圧力鍋を使っていたらしい。

そのくたくたいんげんを、薄く切った茹でじゃがいも(丸ごと茹でてから皮をむく)と合わせ、熱々のうちに塩と酢、そしてたっぷりのオリーブオイルで和えるだけというシンプルな料理。それをしばらく置いて、粗熱がとれたころいただく。

それが本当においしかった。
サラダと呼ばれてはいるが、マリネといったほうがいいかもしれない。
だいたいは多めに作られて、何回かに分けて食べる。
時間を置いたものも味が馴染んでまたオツだ。

そんなに茹でてしまったら栄養が逃げてしまうとか、風味が消える、食感がなくなる、と言われるだろう。
それは私も同意するが、そのくたくたいんげんのほっこりとした風味はじゃがいもともよく合って、しみじみ和んだ旨味がある。青虫も茹でればいけるのだ。

和風の味つけで煮たものもいい。でも、おいしさをストレートに味わうならイタリア風のこのサラダだな、と思うほどになった。笑

というわけで、このいんげんとじゃがいものサラダは夫のみならず私にとっても「マンマの味」として、わが家の食卓に並ぶようになった。

このあいだ、スイスにひとりで暮らす次女から「じゃがいもといんげんのサラダ、ままはどう作ってる?」とメッセージが来た。
分量などはそのときのノリで特に計ったことがないので、アウトラインだけ伝えた。

ヘッダーにもなっているこの写真は、その後「おいしかった」と送られてきたものだ。

なぜか娘たちは「ママ」よりも「まま」と書くことが多い(息子はもうママとは言わない。笑)。

私にとっての「マンマの味」が、今度は「ままの味」として受け継がれていく。
電話で義母にその話をすると、「私も小さいころから食べていたのよ」と、とてもうれしそうにしていた。

イタリアの中では北に位置するとはいえ、連日35℃を超すというミラノ。
暑さの中、義母はじゃがいもといんげんを茹でているだろうか。ここ数年で丸くなった背中が思い浮かんだ。

今日はいんげんを買ってこよう。

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