はじめましての再会|高速バスでの出会い
先日、ミラノへ向かう高速バスの車内でのこと。
斜め前の席に二人連れの男性がいた。
一人は私たちと同じぐらいの年だろうか、もう一人はずっと若く、親子のように見えた。
発車してしばらくすると、快晴だった空がミルク色に変わっていき、やがて視界を遮る濃霧となった。
そんな空が暗示するように、なにかよくないことが起こったらしい。ふたりは急に落ち着かない様子で話しはじめた。
一緒に乗っていた夫は、おそらく南米のスペイン語だと言う。
どうも年長の男性の財布が見当たらないようだ。前日に泊まった家に電話して、バスに乗る前に寄ったカフェで落としたのかも、などと話しているらしい。
私たちも座席の下や横の隙間など、付近を探してみたものの、それらしきものは見つからない。
年末に財布をなくすとは…もし南米から旅行に来ているのだとしたら、さらに気の毒だ。
南ドイツのとある町の停留所で、二人は降りていった。
そこから乗ってくる人のチケットやパスポートチェックがあり、バスは数分停車する。
と、夫が「え!」と声を上げた。
なんと、二人のいた座席の真下に、黒いコロンとした財布のようなものが!
すぐに拾って一応周りの人に落としていないかを訊いたのち、夫はバスを降りて二人を追った。でも残念ながらもうその影はなく……
しかし奇妙だ。あれだけ探していたのに。私たちの席からもその座席の下はよく見えていたが、その時はなかった。
もしかしたら降車の準備をする中で、上の棚にあったコートあたりから落ちたのかもしれない。
なす術なくバスは発車してしまった。さて、この財布をどうするか。
日本でなら間違いなく、速やかにバスの関係者に渡すだろう。
しかし。夫はすぐには預けなかった。それは良策ではないと考えているようだった。
ちなみにこの高速バスはヨーロッパ全土に展開する長距離格安バス「Flixbus」。車両の運用形態、拾得物の扱いについてはどうなっているのか見当がつかない。
しかも、どういうわけかこの便は「Flixbus」ではない別会社に委託されての運行。面倒なことになりそうなにおいがぷんぷんする。
とりあえず、財布の持ち主が誰なのか、失礼して中身を拝見させてもらうことにした。
やはりベネズエラの方のようだ。あぁ。
ところが!なんとこの方、降車した町で働いていらっしゃることが判明。しかも、分野違いではあるものの、夫と似た職種の方だった。
ネットで検索すると、すぐに職場のメールアドレスに辿り着いた。
そこで、やはり財布は私たちが預かることにして、彼にメールを送ってみることに。
夫は、職場のアドレスから送れば先方でスパムメールに振り分けられてしまうことはないはずと考えた。
それが奏功してか、ほどなく返事が来た。
Thank you very very very much!!
と喜ぶ彼。名前はヴィクトルという。
やはり連れの若い男性は息子さんだった。
そして驚いたことに、22日から数日間、私たちの住む町に滞在する予定があるという。
なんと、お嬢さんがこの町の大学に通っており、クリスマスを一緒に過ごすらしい。その時に受け取れれば、とのことだった。
メールには「ぜひお茶をご一緒しましょう」とのお誘いもあった。
何度かやり取りをしているうち、ヴィクトルとはすでに友人のような空気が醸され、つい財布のことが抜け落ちてしまいがち。夫と何度も「財布を持っていくのを忘れないようにしなきゃね」と笑った。
そしてクリスマスの直前、私たちは「はじめましての再会」を果たした。
待ち合わせ場所でまず大きなハグを交わす。お財布はめでたくその主のところに戻った。
「実は…」ヴィクトルが言う。「あなたからのメールをもらって大喜びしていたら、翌日鍵をなくすという失態をやらかしまして!結局、鍵も出てきたんですが、さらにその翌日は職場の機械が壊れて、もう散々な週でした。笑」
いやほんとに続くときってあるんだな、と。
「アドベントカレンダーじゃないんですからねぇ」と言ってみたらウケた。笑
私たちも相当流浪しているが、ヴィクトルはベネズエラからアルゼンチン・パタゴニアに移り住み、そこからロシアのノヴォシビルスクに渡り、他にもアメリカなどあちらこちらを回ったのち、ドイツに落ち着いた、という、なかなかワイルドな人生を送っているようだ。
よければこれからも連絡を取り合いませんか?と言うので快諾した。
店の外に出ると、もうすっかり日が暮れている。
「Feliz Navidad」とクリスマスの挨拶を交わし、これからお子さんたちへのプレゼントを探すと言って人混みに紛れるヴィクトルを見送った。
無事に財布を取り戻し、今日は静かな町で家族とクリスマスを祝っていることだろう。