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げいじゅつどうぶつえんのさるたち

高校三年生の夏休みはずっと東京にいた。なぜなら、付属の大学を蹴って芸大に行くことにしたから、美大予備校に通ってた。

デッサン、できない。

教養、ない。

そんなわたしがなぜ入塾を許可されたか? ビジネスってこともあるだろうけど、結構厳しいことで有名だった。多分、理由は、わたしが志望していたのが先端芸術科ってとこで、そこは現代アートをはじめ写真、映画、小説などあらゆることをやっていいよ〜ってなところだったからだ。わたしはもちろん小説を提出した。そして夏休みを、東京で暮らすことになっていた。

行く前、胸が高鳴ってわくわくした。新幹線の切符が手の中で震えてぐしゃぐしゃになる。だって、こんなもんはっ……! 明らかに青春でしょ? 親元をはじめて離れるのが芸術修行のため!!わたしは最高潮に酔っていた、このシチュエーションに……さあ、どんな良きライバルと出会えるのか? どんな芸術談義が飛び出すのか(教養ゼロなのに)? 今から考えれば、とても愚かなことだと思う。そもそも、自分が、ただ、かぶれたいだけの中身のない女だったのに、そんな出会いも訪れないっつーの!! って、その時の自分の頭をはたき落としたい。

わたしが配属されたのはなんと「選抜クラス」だった。選抜。選抜。…選抜。ってことは普通のクラスってのもあるわけだよな? わたしは、そもそも存在するのかもいまいち信じられない、得体の知らぬよくわからん集合体の中から選び抜かれたわけだった。

わたしは自分のことだったから天才だと思った。

わたしは特別だからなんの準備もせず一番上のクラスに入れたんだ。

17の時だから、許してほしい。

さて、クラスメイトをみなさまに紹介しよう……わたしを含め4人だ。

元々、芸術科がある高校に通っており、アニメーションに興味があるというサブカルイケメンの山下くん(仮)、その予備校にずっと通っておったらしい、ふくよかすぎる体をたぷんたぷんさせていた坂本さんは明らかにどす黒い目つきで世界を眺めていた、そして一番マトモで知的そうな眼鏡、最後に、茶髪でガリガリで一番こじらせていたわたし。なんでもジェームズ・ジョイスの話をすれば格好いいと思ってたふざけたわたし。

先生も紹介しなきゃいけないな。先生は美人だ。とってもいい巨乳だけど、作品は意味がわからなかった。自分のオツムが悪かっただけなのだろうが、コンクリート打ちっ放しの部屋にひたすら銀の長い棒が立てかけてあるのを見せつけられてから、先生はこれに関するよくわからない意図を述べたのに、サブカルイケメンと坂本さんは、

甘ったるい媚びた声で「すごい、格好いい〜」という感想を言った。

先生は主張の激しい笑顔を浮かべた。この一連でわたしは現代アートに対して根源的な疑いを持った。え?? ほんとにわかったの? 今の説明でよぉ!!全然わかんないよ!!何が格好いいのかヒント、ヒントをくれ!!

「じゃ、上京、ってテーマで作品作りますか。ひとりひとりね。一ヶ月あげますんで、はい。その間に他の授業とかも行ってね。」

先生は授業する気なかった。

でも、今なら気持ちは痛いほどわかる。だって芸術の知識ゼロで、どう課題と向き合えばいいのかっていう思考回路や武器すら確定していない、かぶれた17歳たちの作るもんなんて大抵終わってる。ゴミだ。だから指導したって無駄なんだ。まず知識や自分の作品の文脈になるようなもんのストックがなきゃ。

わたしは次の日から授業をサボって、東京をぷらぷらしていた。一日中歩いたり、ホームレスのおじさんたちと会話したり、ゴミを運ぶのを手伝ったり、それで写真を撮らせてもらったりした。そんで1日寮に籠って小説を書いたり、自分をテーマにした短いビデオを撮ったりした。今から思い返すと痛々しいが、「わたし」が「タカシくん」と呼ばれる男の子へ向かって他愛もない会話を延々繰り返すものだ。黒歴史。観客はどこまでわたしに「わたし」に手を伸ばすのかを知りたかったんだけど……どこまで観客が心をかき乱されるのか実験というか。まあでも全部「上京」全く関係ねえ!!!


さあ、いよいよ講評の時間になった。先生は相変わらず巨乳を強調した服を着ていた。先生はまた意味不明の笑顔を浮かべていた。

サブカルイケメンはそれなりに優等生だったから、アニメーションを作ってた。それ自体はよくわからんかったけど、上京をテーマにしてたっぽい。そんでわたしはホームレスの人たちと戯れた写真を提出した。「ジョーキョーしてトーキョーで日本の闇をみました」。最悪だ。自分でも終わってると思った。知的な眼鏡の作品は覚えてすらいない。

そして、なにより、なにより坂本さんだ。

椅子から大げさに立ち上がった坂本さんは、パフォーマンスじみた感じで、黒いゴミ袋をぐしゃぐしゃにしたものをいきなり放り投げた。

それは、ゆらりゆらりと落下し、地面にパスっという音を立てて終わった。

「キョムです。これはキョムです。」

先生の顔がじんわりと歪んでいくのが見えた。床にただ、ある、ぐしゃぐしゃのゴミ袋。

このゴミ袋の無意味さったら……ええ……一ヶ月もあったじゃないですか……時間が凍った……

先生は苦々しい顔で、辛うじて聞いた。

「どこが上京と関係あるんですか?」

「それすら無意味なのです。虚無なのです」

坂本さぁぁぁぁん!!!

おいおい!!勝手に悟るなあぁぁ!!

先生はそうですか、といって、またあの意味不明な笑みを浮かべた。そしてわたしは先端芸術科に入るまいと決意した。現代アートなんかわたしにはできない。向き不向きがあるし、やっぱり表現には知識や自分の作品の文脈になるようなもんのストックが必要なのだってことを体感した。それをすっ飛ばしたって坂本さん!坂本さんになるだけだ!!!わたしは焦りを感じて、授業が終わって本屋に出かけて、昼飯代を浮かした分で、猛烈に本を買った。

寮に帰って、『ロリータ』を持って布団に倒れこんだ。映画的な手法が使われた文章を見つけて、なんか、わたしは映画やりたいな、脚本書きたいな、と思いながらよだれを垂らして寝た。


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