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K子

 K子は会社が終わって原宿に行った。クレジットカードやローンの借金で首が回らなくなった。金銭感覚がない。アダルトビデオの面接を受けにいった。合格した。その日に宣伝用の写真を撮った。明るい照明の中で安くて破廉恥な恰好をした。一週間後の週末に撮影のスケジュールが組まれた。祝い金という三万円を貰った。このはした金では借金は解決しない。K子は渋谷へ行った。適当なバーに入った。浴びるほど飲んだ。常連だという男がいた。酒で、脳髄から破壊されているような男。へらへらして、にやけていて、それでも、愛嬌が全身から溢れているような彫の深い顔。

 K子は自分がゼネコンで働いているということを言った。男は無職で、離婚した子供の養育費も家賃も払えない状態だと笑いながら言った。K子は男の飲み代を払った。男は家に取り立て屋が来るから帰れないと言った。K子は男を連れて帰った。

 自分と一回りも違うその男とK子はセックスしてみたいと思った。どうですかと誘った。だが酒で勃たなかった。男はなんの良心の呵責も感じていない様子でごめんね、と軽く言った後、K子のベッドでそそくさといびきをかいて眠ってしまった。K子も隣に横たわった。凍てつくような冬の冷気で朝方の群青色を映し出した窓には露がたくさんついていた。K子は男の喉仏がひどく美しいと思った。

 週末は何度も撮影をした。セットやカメラの角度を変えて何度も撮影をした。K子は男優の上でぎこぎこと動いた。監督がぎこちないもっと自然にと怒った。K子はわからなかったのでまたぎこぎこと動いた。監督は怒った。それでも撮影は終了した。借金を完済できるわけではなかったのでまた来週もやるとK子は言った。

 その日は十二月二十五日だった。コンビニのレジの前に見切り品のクリスマスケーキが大量に陳列されていた。K子は煙草と酒と一緒にそれも購入した。男と食べようと思った。

 帰ると男は泥酔して眠っていた。使われもしないブランドバッグがぐちゃぐちゃに放り投げられ洗濯されていない服で埋め尽くされた汚らしいベッドで男は体を縮めて眠っていた。そっと揺さぶっても起きなかった。だからK子はケーキをそのままゴミ箱に捨てた。そして自分も泥酔して、男の隣で、同じように体を縮めて横たわった。凍てつくような冬の冷気で朝方の群青色を映し出した窓には露がたくさんついていた。K子は男の喉仏がひどく美しいと思った。

 次の日会社に行くと上司から呼び出された。なんでしょうかとK子は言った。上司はアダルトビデオ会社の女優宣伝ページをパソコンで開いて見せて、この写真はお前かと言った。K子はちがいますと答えた。上司はそうかもう行っていいぞと言った。K子は自分のデスクに戻った。いくつもやらなければならない作業があったのに、全てが一瞬にしてパンと飛んでしまった。K子は灰のスーツの内ポケットの社用携帯が延々と鳴り響き書類が積みあがっているさまを見て自分が何をしているのかわからなくなった。K子はトイレの個室に行って事務所に急いで電話して辞めますと言おうとした。しかしK子は今日の夜、空いていますが仕事はありますかと尋ねていた。アダルト雑誌の写真の仕事ならあるよと言われたのでK子は会社が終わり次第すぐに行きますと答えた。

 少しの枠に載せる小さな写真の撮影のみだったのですぐに終わった。K子は煙草と酒を買って家に帰った。男は部屋にいなかった。出て行ったのかとK子はその場に座り込んだ。そこから三時間ほど固まったように動かなかった。凍てつくような冬の冷気で朝方の群青色を映し出した窓には露がたくさんついていた。ガチャガチャと鍵を回す音がした。K子は玄関を振り返った。視線が定まらないほど泥酔した男がへらへらと笑いながら立っていた。次の瞬間男は膝から崩れ落ちた。K子は驚いて、立ち上がって駆け寄った。男は言葉にならないうわ言を何か呟いた後、とろんとした目で、俺なんでここにいるんだっけ、と歯を見せながら言った。その言葉に胸がどすんと詰まった。しかしK子は男に今日貰ってきた金を全て渡した。養育費の支払いに使ってくださいと言った。へへへ、ありがとうと男は言ってそのまま廊下で眠ってしまった。K子は男の喉仏がひどく美しいと思った。美しすぎると思った。それを尖った包丁で掻っ切ってしまいたいとさえ思った。あなたがここにいるのは、そしてわたしがそれを望んでいるのはその喉仏が美しいからですと言いたかった。K子も隣に横たわった。凍てつくような冬の冷気で朝方の群青色を映し出した窓には露がたくさんついていた。次の日はもう自分は会社に行かないだろうとK子は思った。事務所に電話して朝からたくさん仕事を入れてもらうだろう。男に養育費を渡して借金を返すために自分はこのひび割れた魂をどこまでも売りさばくだろうと思った。




©Makino Kuzuha

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