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テキトーな楽園、破廉恥な本

「しげしげ見んなァァァ!!!!!」

その女の憎々しげな目付きと、食われるほどの剣幕に圧倒されて、わたしの時間が数秒止まった。

見てないって!!!
でも、早くこの現代に舞い戻った忌々しい般若を本屋から追い出したいから、顔をひきつらせながらわたしはその問題のオフィスラブ系のエロ漫画を袋にいれた。ドS社長の毒牙にかかって喜びに震える!!みたいなんが帯に書いてある。バーコード打つときに一瞬見えちゃうから、こればっかりは仕方ないんだけど。

つーか、じゃあ、あなたそんだけぶちギレるほど恥ずかしんなら、なんか他のやつと一緒に買ったらいいじゃん?!レジを打っていたから、バーコードを読んでから袋にいれるまでの数秒があって、そのみていない数秒なのに、「しげしげ」というおよそ日常生活であまり使われない言葉を投げられて勘違いされてしまったのだった。女は明らかに過剰反応しすぎだった。

「ありがとうございました。またお越しくださいませ。」

オフィスラブによほどの怨恨があるのか、悪意の籠った眼差しをしばらく向けてから女はスタスタ帰っていった。わたしは天井を向いて、「あー」と言う。下の戸棚を軽く蹴って、また「あー」と言ったら次の客が来た。

わたしはスーパーの中にある小さな本屋でバイトしてる。規模はないし読みたい本も少ないけど仕事に関しては不満はない。人も少ないし、テキトーな楽園。しかも、バイト逃走癖のあるわたしが唯一、一年間以上続けてるのがこの本屋だ(ガールズバー回参照)。

でも、接客、これだけがどこまでも問題、わたしは昔から「普通にやってるのに客に怒鳴られまくるカルマ」を背負って生きている。……いや、皆様は、絶対ちゃんとやってないでしょ?普通じゃないんでしょ?……と思われたことだろう。だけど、これにはちゃんと根拠がある。

わたしは16の時、マクドナルドでバイトしてた。そこは競馬場の前で、日曜日になれば競馬で負けまくったオッサンたちの泣き言地獄と化す。従って、口の悪いオッサンどもはSポテトを頼むとき、一緒に罵詈雑言をご丁寧に付け加えてくれるのだった。しかし、それは、わたしにだけ。

「なんでわたしばっかり怒鳴られるんですかねー。しおりんとか、みほちんとか、いるのに。」

「いや、」マネージャーはバーガーを包みながら、
「なんかゆうきちゃんは他の子よりも怒鳴りやすい感じがするよね。」と微笑んだ。

わたしはその理不尽な発言で接客という仕事とマネージャーを憎むと同時に、マクドナルドそのものに対しても尋常ならざる憎悪を深めてゆくこととなった。そして、規定量以上のポテトをカップに大量に、ほんとに大量に詰めて、ありえないほど早くストックを使いはたす、という地道な行動で報復をはかって、それがバレて、また怒鳴られて、

従業員の休憩スペースにある机の上に、ぐちゃぐちゃの制服をほってらかし、その上に「チャオ!」という小さな紙を乗せて、逃げた。でもまあ、これは、わたしの人生でかなり大きめな悪行だから、自分にも問題がある。でも重要なのは、このカルマのせいで接客に複雑な思いを持ってるってことだ。

運が悪い。
顔をあげると、いつもわたしに毎回意味不明の小言を言って帰るおばさんだった。わたしはキッと身構えて、いらっしゃいませ。と言った。いつもより丁寧に。いつもより優しい口調で。

「アンタ、今日化粧濃いやないの。」

わたしはバーコードを読み取りながら、曖昧な笑みを浮かべる。きたぞ。ほら。キレるな、キレるな、絶対キレてもこっちが悪いことになるから。怯えたら、余計に向こうは付け上がっていくから、普通にしとくんだ。

「化粧濃い女はあかん。あかん。嫁、いかれへん。」

ほっとけぇぇぇぇぇ!!!

頭の中のブレーカーが落ちた。

全力で自分がバーコードリーダーをおばさんの額にぶん投げている映像が脳裏に浮かんだ。

「1296円でございます」

しげしげ女のこともあり、かなりナーバスになってた。

「次は化粧落としときな」

「ありがとうございましたまたお越しくださいませー。」

おばさんが帰った瞬間、わたしはさっきよりデカい声で「あー」と言った。もう駄目だ。1日のストレス許容量が軽々と。

ぼーっと虚ろな目でカウンターを見ていたら、すっとゲイ漫画雑誌がおかれた。いらっしゃいませ。わたしは力なく言って、客の顔をみた。オッサンだった。

!!!

「670円でございます」

オッサンは実に堂々としていた。わたしは、しげしげ女とは比べ物にならないその潔さに、胸を熱くした……なんて自分の欲求に正直なオッサンなんだ!?オッサンはゲイで、オッサンはゲイ雑誌をこれから楽しむんだ!!!オッサン!!!しげしげ女、見習え!!!この勇ましい姿を!!!

英雄よ!!!

オッサンの後ろ姿を見ながら、接客も悪くないかも、ってちょっと思った。なんか元気を取り戻した。

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