ガールズバーを1日で逃げた話
数多の借金を返済したくて、コインランドリー代を稼ぎたくて、卒業パーティーのドレスを買いたくて、こんな、欲望しかない自分をぶん投げたくなりつつ、わたしはガールズバーで働くことにした。
そのガールズバーに惹かれた理由はただひとつ。
電話で応募した時、その店のママが 「ビラ配り~?ん~?少ないよぉ~?」と言ったのだ。
ガールズバーにはビラ配り制度がある。っていったらなんだか大袈裟だけど、いわば、凍死しそうなこの寒空の下を雨の日も雪の日もなにがあろうとアホみたいな短さのスカートで、「どうですか~」と脇を通る全ての男性にビラを渡す制度のことだ。
どうですか。
もう言うたら立ちんぼやないか、意味不明のにこやかさをだらだら垂らしながら声をかけられたら、ワンチャンセックス疑惑だって発生してしまうかもしれない。
ほとんどの人はそこまで思わないし、向こうも、一瞬で自分の視界から消え去る女なんかを気にしてないだろうけど。センシティブすぎて自分でも持て余してしまうほどどうしようもないわたしには、ビラ配り制度は屈辱と恥の行為に思えた。だいたいここら辺、知り合いめっちゃおるっつーの!
だからこそ「ビラ配り少ない」はわたしにとって尊い条件だった。
体験入店開始から10分後、わたしは西院駅の前で「どうですか~」と言っていた。不条理。
最初に提示されていた金銭的な条件が全く達成されないことが気だるいママの説明から明らかになり、さらに的場浩司似のオーナーが着てるスーツの袖口から、どうみても暴力団員だろって感じの刺青が走り出ているのをみて、わたしは全てのやる気を失っていた。
あ~寒みぃ~。
焼酎の湯割り飲みてぇ~。
逃、げ、た、い。
大体、そもそも崩壊してるガールズバーのシステムでビラ配ったって、意味がない。一時間3500円で飲み放題プラス税金、女の子に飲ませる酒一杯1000円払う客層って宇宙人だ。コミュニケーション能力がないのか行きつけのバーも作れず一人で旨いもん食うのに払うのでなく。
さらに極めつけはなぜかガールズバーの客は酒を驚くほど飲まない。ボロいエロ話か中身の全くない地元の話を延々と繰り返したあと、突如櫻井翔の物真似がぶちこまれて、わたしは驚愕しおののく。
「ほらぁ~。お兄ちゃん、はよそのカッコいい上着きなあ」
駅前で、70歳ぐらいのジイさんと、声の枯れた50歳ぐらいのスナックで働いているのであろう女がじゃれあっていた。
明らかにイズミヤかダイエーかのどっかで売ってる上着を女が誉めたおして、ジイさんは女の尻に手をやり、「ん~も~」っとかいいながら二人は抱きつく。
そう。西院駅前は、「人生とは……」「ジーザス!絶対こうはなりたくないけど、わたしもこのままいけばこうなるかも」ばりにわたしを病ませるチャチい劇場であったのだった。
冴えない男女のコンパ後。二次会とっとと行けばいいのに大声で好きなキャラクターの名前を絶叫する女子。オタサーの姫がわざとらしく「飲み過ぎちゃったぁ……」とか言って、危機感を感じたオタクが必死に背中をさすり、どんどん大量のオタクジャンパーが姫の背中に積み上げられてって逆に枷みたいになっていた。
結局、わたしは二時間ビラを配った。この身ひとつで戦って、やつらが受けとる確率0.01。
ママから戻ってきて、と連絡がきて、何度も繰り返したかわからない、その一歩ずいと踏み込んでビラを配るモーションをやり終えた時わたしは、自分のことをこの世で一番無価値な人間だと思った。
店にかえって接客して、ゆきちゃん上がりで、と言われて手渡されたのは、何も返済できない、何もコインランドリーにぶち込めない、タクシー乗ったら消えるような端金だった。
わたしは頭を下げて、近くのパチンコ店にダッシュして煙草を吸った。わたしはパチンコするけど、今日はそんな気分でもなかった。真ん中のボタンを連打して、自分の欲求を全開にしてる人をみるのが好きだ。癒されるし、彼らはきっと正直だから。
あ~死にてぇー!!!
シュパパパパパパパァン!
死にてぇー!うあああー!
シュパパパパパパパァン!
一番近くの死んだ目のサラリーマンがボタンを連打する。シュパパパパパパパァン!小気味よいそれは祭り囃子みたいに、わたしの気分をほんの少しだけあげてくれる。
わたしは行きつけの店に焼酎湯割りを飲みに行った。
このまま、まあなんか色々あったけど常連と話したりマスターと話してたら経験だよな、って思えそうだった。その時。
「うぃーすっ」
わたしの元カレのロン毛(第二回参照)がなんとその浮気相手を連れてわたしの聖域に土足でやってきたのだった。
シュパパパパパパパァン!
ロン毛は察してすぐに方向を変え、去っていった。
シュパパパパパパパァン!
シュパパパパパパパァン!
シュパパパパパパパァン!
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