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2000文字ミステリー

タイトル: 『事故物件』

カップルが新しい部屋に引っ越してきた。男と女は会話しながら引っ越し作業を進めていた…

男: ここで新しい生活が始まるんだ。
女: そうね、楽しみだわ。

ところでさ。ここって安すぎでしょ?大丈夫なの?晴人くん。
ああ。ごめん…黙っていたんだけどさ。ここ…事故物件なんだよね。ごめん!なんか言いづらくてさ。
でも大丈夫だよ。前に住んでた人もとくに何にも起きなかったって不動産の担当も言ってたし。
あのねぇ…不動産屋ってみんなそう言うでしょ?
…まったく、もう。これだから晴人に頼めないんだよね。
わたしからあとで詳しく聞いておくから。
今日は早く片付けてご飯食べに行こ?ね?
…そうだね。すまん。
イイってイイって…わたしも言いすぎた。ごめんね。
こうして、2人の同棲が始まった。
里保ちゃんは仕事が忙しく、あまり僕らは時間が合わずに始めの頃はお互いに我慢していた。
2人が日常生活を送る中で、何とかお互いの休みを合わせつつ、すれ違いがありながらも普通のコミュニケーションをとれていた。

男: 最近、何か変わったことってある?
女: 特にないけど、この家、時々不気味な感じがするわ。
男: そうかな?俺は何にも感じないけどな。
    里保は疲れてんじゃないの?仕事がハードみたいだし。
女: そうかもねぇ。
男: 今度有給とって温泉にでも行こうか?
女: いいわね〜。のんびりしようよ。でもわたし忙しくてさ。
   また今度にしよう?
男: そっか、それなら仕方ないね。あまり無理すんなよ。
女: …うん。ありがとう、気遣ってくれて…
男: 君がいなくなったら俺悲しくなるからさ。
女: …

2人の同棲生活は順調に進んでいった。
男女は付き合い始めは月に何回か会って食事をしたりアトラクション施設に行って2人で騒いだり、旅行に行ったりするものだ。
しかし、彼らはお互いに仕事が忙しく、会う時間もあまりないために、一緒に住もうと話し合って決断した経緯があった。
そしてようやく実った同棲生活。
一緒に住んでいれば、お互いが毎日そばにいられる喜びを噛み締めることができる。そう言うものだと晴人は今まで思っていた。
しかし、現実はすれ違いの日々。ケンカこそないもののこれなら同棲している意味って…あるのか?と感じ始めていた。
彼女の方もおそらくそう思っているに違いない。
2人のコミュニケーションは毎朝テーブルに置かれた手紙だった。
晴人くん!仕事無理しちゃいけないぞ!身体壊したらわたし泣いちゃうからね。
里保…身体キツイないかい?無理せずに休んでもいいんだよ。
晴人くん…いつも気遣ってくれる手紙をありがとう。
晴人くんには心から感謝してる。本当だよ!いつもいつも。
あなたのそばにいるからね。

晴人!久しぶり〜。おまえ事故物件に住んでるんだってな?
なんだよ。知ってたのか。おうよ。でも大したことないぜ。
今んところ何にも起きないし。
そっか。ならイイんだけどね。
ところでさ…おまえに紹介したい女性がいるんだけどなぁ。
どうよ?看護学校に通ってる子なんだけどさ。
今度卒業して、看護師になったばかりなんだけどさ、なかなか出会いがないらしくて。誰か紹介してほしいって頼まれてさ。
俺は彼女がいるからって断ったんだけど、おまえの事を思い出してさ。
ありがとう、でも実は彼女がいるんだ。一緒に住んでるんだ。
えっ、それって本当に…?
ああ。事故物件も彼女と同棲するために借りたんだよ。
お互いに金がないからさ。安い事故物件を借りたんだよ。
彼女は、何だか不気味がっていたけどね。
今は普通に暮らしてる…
それって…本当に一緒に住んでるのか?
疑り深いやつだなぁ。毎日一緒にいるよ。
だけど、顔は見てるか?
うーむ、俺も彼女もお互いに仕事が忙しくて、なかなか家の中でもすれ違いの日々さ。
だけど、毎朝、手紙のやり取りはしてるよ。
必ず出勤前に手紙を置いててくれるし…
だけど、顔、姿は見てないんだろ?
うん。でも今度温泉旅行の計画も立ててるんだぜ?
おまえの彼女って、確か前に話したとき、看護師だとか言ってたよな?
ああ、そうだけど…それがどうかしたか?
里保…さんだろ?
ああ、よく覚えてたな。
だって…里保さん…
なんだよ!俺の彼女だぞ。奪ったりすんなよ。
違う!違う!違うって!
里保がどうかしたか?
里保さんって人がずいぶん前に亡くなったって、おまえに紹介しようとしてる女性が話してるのを聞いたぜ?
晴人は彼女との会話を再現しながら、彼女が実は亡くなっていることに気づく。
里保…里保。そんなぁ。俺は…俺は…里保の亡霊と引っ越ししてきたのか…

あのときも…
晴人: (彼女と) 今度一緒に食事でもどう?
里保: (微笑みながら) いつでもいいわ。

晴人が里保の亡くなった事実に気づき、里保の存在を感じながら2人が暮らすはずだった部屋の中で悲しみに包まれていた。

晴人: 里保がもうここにいないって…気づかなかった。ここで一緒に住むと決めたのに…。

里保はどうして、亡くなったあとも俺といたんだろう。
どうして何も言ってくれなかったんだろう。
そうか…俺は…俺は…あの日。病院で。
亡くなった里保のベッドにしがみつき泣きじゃくる自分を思い出した。
そうだ…里保、病院に出勤する途中でチャリに乗ってて、車に跳ねられて…
俺は…現実から逃げていたのか…事実から逃避していたのか。
だから里保はそんな俺を気づかせるために…里保。

晴人は里保との思い出に向かって、新たな一歩を踏み出す決意を示していた。

晴人: 里保が残した思い出を大切に、新しい生活を始めるんだ。きっと彼女もそう望んでるはず。
部屋には小さな仏壇の彼女がとびっきりの笑顔で晴人を見つめていた。


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