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【創作話】 6月の思い出

★1★


6月になると思い出すことがあります。

現在から時間もかなり経過していることや、その日、私は酔い気味だったこともあり記憶が曖昧なのですが、今から10年ちょっと前に体験した不思議なお話をしますね。


私は職場の飲み会に参加していました。

お酒は強い方でなく、この日も割と早めに酔いが回ってしまって、風にあたりたくて外に出ました。

台風が近づいてきている影響で数日間降っていた雨が夕方頃には止んで、蒸し蒸しとした空気が爽やかな感じになったんです。

それがすごく気持ちよくて、お店の前に置いてあるベンチに座ってしばらくぼーっとしていました。


すると突然、名前を呼ばれたんです。

通りには誰もいなかったはずなのに、声だけがいきなり<ポン>って現れたような感じだったというか。

気のせいだと思った次の瞬間、その姿のない「声」だけの主が、私の隣に座ってきたんです。

「え?」

と思って、気配がする方に顔を向けました。


★2★


そこにいたのは、高校時代の同級生でした。


「元気だった?」

私の中で色褪せることなく残っている、変わらないあの穏やかな笑顔。

優しい声。


その笑顔を目にした瞬間、高校生だった頃に戻ったような感覚になって、私の顔が猛烈に熱くなったのを覚えています。


彼は、私が片想いしていたT君でした。

T君は、高校2年の秋頃、突然学校から姿を消しました。

どうやら彼のご両親が離婚をしたことで、T君は遠方に引っ越したみたいだということを後々耳にしました。


彼とはクラスも部活も委員会も別々でした。

だから、話をしたことがありませんでした。

私は休み時間とか、教室移動の時とか、校庭で体育や部活をしている彼の姿を探しては、ただただ目で追うだけでした。

彼の姿を見ることができた、それだけで幸せだったんです。


Tくんは私の初恋の相手でした。


★3★


T君との出会いは、高校の入学式の日でした。

桜の花のほとんどが散ってしまって、ほぼ葉っぱの状態でした。

同じ中学校出身の同級生は何人かいましたが、仲が良かった人はいなくて私は緊張していました。


「入学式」の看板の横を、両親を伴って入っていく新入生たち。

私は入学式とか卒業式とか、式自体は嫌いではありません。

でもその前後は嫌いです。

両親と一緒に式典に参加している同級生が、ずっと羨ましくて仕方がありませんでした。

今日も母の仕事の都合で、私は1人で門をくぐりました。


その時、私の少し先を1人で歩いて行く新入生を目にしました。

「彼も1人なんだ」

そう思うとホッとして、見知らぬ彼に親近感を抱きました。

私は、彼の少し後ろを着いていく感じで歩きました。


校舎の前には、新入生のクラスと名前が貼り出されてありました。

私の名前は2組の中にありました。

先ほどの彼が何組なのか気になって探すと、4組の掲示板の前にいるのを見つけました。


「あ、別のクラスなんだ」

がっかりした時、私の心の声が聞こえたかのようなタイミングで、彼が私の方に顔を向けました。

目がバッチリ合ってしまいました。


私は恥ずかしさのあまり、顔が熱くなったのを感じました。

きっと真っ赤になっていたのだと思います。


彼は、そんな私に向かって穏やかな笑みを浮かべ、軽く会釈すると昇降口に消えていきました。


多分、ほんの数秒間の出来事だったと思うのですが、私にとってはスローモションのように感じました。

まるで少女漫画のように、彼の背景には大輪の花が出現し、キラキラとした光の粒が彼の姿を眩しく演出していました。

一目惚れっていうやつなんでしょうね。


★4★


そのT君がいきなり現れて、私の隣に座ったのです。

真っ赤になっていただろう私に向かってT君が言いました。


「卯津美さん、元気そうで良かった」


「あ、え、う、うん。げ、元気だったよ」

この状況が理解できないまま、私は慌てて答えました。

それが精一杯でした。


T君がどうして私の隣に座っているのか、偶然通りがかって、偶然私を見つけたということ?

そもそも話もしたことがない私の名前を、彼が知ってくれていたことにびっくりしました。

彼に色々なことを聞きたい。

何故突然、学校に来なくなってしまったのか?

今まで、どこで何をしていたのか?

そして、現在付き合っている相手はいるのかっていうことも…ちょっぴり聞きたい。


どうしたらいいか分からず、あたふたしている私をT君は優しく見守ってくれているようでした。

酔いに加えて、心臓バクバクの私の頭はさらに熱く、混乱状態になっていました。


★5★


「卯津美さん、大丈夫? 外に出てからかれこれ20分くらい経ったけど」

右手にスマホを持ったままぼーっと座っている私の肩を同僚にポンポンと叩かれて我に返りました。

スマホのモニタに雨がポツリポツリとはねているのが目に入りました。


慌てて周りを見渡しましたが、私の隣に座っていたT君の姿はどこにもありませんでした。

お店の前の通りは誰もいなくて静かだったのに、目の前には多くの人も自転車も車も行き交っていました。

この通りには居酒屋が何軒もあります。

そう、だから、静かなはずがないのです。


外に出てから20分も経っていたなんて。

その間、私は眠ってしまってT君の夢でもみていたのでしょうか。


でも、私の隣に座っていたのは高校生ではなく、私が知るはずのない現在の大人になったT君の姿だったのです。


次の朝、二日酔いで頭がガンガンとしていました。

断れないまま2次会に参加したところまでは覚えていたのですが、どうやって自宅まで帰ってきたのか、記憶がありませんでした。


★6★


遅い朝食を取ってしばらくすると、窓際に置いたスマホから「LINE」と通知音が鳴りました。

さっきまで降っていた雨が止んでいることに気づきました。


通知画面には、「T.S」とイニシャルらしきローマ字と「おはよう。昨晩は卯津美さんと話ができて…」というメッセージが表示されていました。


「え? 〝T.S″〝昨晩は卯津美さんと話ができて″? まさかT君?」

私はすぐに通知メッセージをタップしました。


T.S〝おはよう

昨晩は卯津美さんと話ができて嬉しかったです
二日酔い、大丈夫?

昨晩は急にごめんね
びっくりしたよね″


昨晩の出来事が夢じゃなかったことを知りました。

でもどうして私のLINEを知っているのだろう?

お店の外に出る時スマホを持ってたから、多分、LINEの交換をしたのだろうと思いました。


私はT君に返信をして、しばらくLINEのやり取りをしました。

Tくんは噂通り、高校2年の秋頃にご両親が離婚をして、お母様の実家がある広島県に引っ越したようでした。

そのことでお母様の心が病んでしまって、T君は大学進学を諦めて、高校を卒業後は働きながらお母様のそばにいたそうです。


T.S〝昨日、卯津美さんに会いに行ったのは、伝えたかったことがあったからなんだけど、結局伝えることができなくて″

T.S〝LINEでごめんだけど伝えるね″


★7★


T.S〝僕は卯津美さんのことが好きでした″


T.S〝入学式の日、卯津美さん、1人で歩いていたでしょう
僕自身のことと重なってしまって、卯津美さんのことが気になって
掲示板の前で目があったんだけど、覚えているかな?″


T.S〝高校時代、卯津美さんと話がしたかったんだ
でも、僕たちクラスなんかも違ったりで、なかなかタイミングがみつからなくて″

T.S〝…っていうのは言い訳で″


T.S〝偶然見つけた四葉のクローバーを、引っ越す日の朝、卯津美さんの下駄箱に入れておいたんだ″


T君とはまさかの両思いだったことを知りました。

そして、あの四つ葉のクローバーは、T君が入れてくれたんだということを知って嬉しくなりました。


うつみん〝実は、私もT君のことが好き…でした(〃ω〃)

四葉のクローバーはT君だったんだね!(*゚∀゚*)✨

お守りとして、今でも肌身離さず持っています🍀″


T.S〝本当ですか?
すごく嬉しいです!
卯津美さんに僕の気持ちを伝えることができて、本当に良かった!″



ピリリリリ…

幸福感に満ち溢れた空気をバッサリと切り裂くかのようにして着信音が鳴り響きました。


★8★


電話をかけてきたのは、親友のSちゃんでした。


「ねぇ、ほら、高校の頃、T君っていたじゃない?
 うつみんが好きだったTくん!」

Sちゃんはパニックしているようでした。


たった今、そのT君から告白されたことを伝えようとした時、それを遮るようにしてSちゃんが言葉をつづけました。


「あぁ、ごめんね。

 なんて言ったらいいのかな。

 っていうか、ニュース見た?

 ニュースにT君の名前が出てたんだけどさ。
 私、びっくりしちゃって!

 あぁ、ごめん。

 落ち着かなくちゃね」


電話の向こうで、Sちゃんは何回か深呼吸をしていました。


T君は、3日前、台風の影響により増水した川で溺れていた小学生を助けるために川に入ったようでした。

小学生もT君も意識不明の状態で救助され広島県内の病院に搬送された後、小学生の意識は戻って助かったようですが、T君は意識が戻らないまま、昨晩、亡くなったとのことでした。



じゃあ、昨日と今日、私は誰と会って、誰とメッセージのやり取りをしていたのだろう?

LINEを確認すると、T君とやり取りをしていたメッセージはちゃんと残っていました。


すると、再び「LINE」と通知音が鳴りました。


★9★


スマホに表示された名前は、T君でした。


T.S〝卯津美さん、何度もびっくりさせてしまってごめんなさい
僕のこと、知ったんだね″


T.S〝僕の身体は今、広島県の病院にあります″

T.S〝必死になって小学生を助けようとしていたところまでは記憶があるんだけど、その後のことは覚えていなくて″

T.S〝次に気づいた時、僕は外側から僕自身の身体を眺めていたんだよ″

T.S〝そうしたらね、色々な人のことを思い出したんだ″


T.S〝卯津美さんのことを思い出した瞬間、僕は、卯津美さんがいる居酒屋にいたんだよ″

T.S〝楽しそうにしている卯津美さんの笑顔を見ていて、一瞬にして満たされたというか幸せな気持ちになったんだよね″

T.S〝広島に引っ越してからもずっと、卯津美さんの笑顔を思い出すたびに元気がわいて頑張れたんだ″

T.S〝いつか会いに行きたいなって思ってた″


T.S〝高校の頃、勇気が出なくて話しかけられなくてさ
見ているだけで精一杯だったというか
後悔先に立たずだけど、僕の想いを直接伝えられたら良かったのにって″


T.S〝そう思ったら、目の前に卯津美さんがいたんだ″

T.S〝これは、神様からもらった最後のチャンスだ!って″


T.S〝四葉のクローバーを大切に持っていてくれて、ありがとう″

T.S〝僕、卯津美さんのことを好きになって幸せだったよ″


★10★


T君のメッセージは、まるでその場で入力されているかのように、文字の一つ一つが出現しました。

私の目からは涙が溢れて止まらなくなっていました。

最後まで読み終わると、メッセージは一文字ずつ消えていきました。


全ての文字が消えた後、再び文字が一つずつ出現したのです。

彼の最後のメッセージがそこに現れました。


T.S〝ありがとう″


この文字だけは消えずに残り、スクショを撮りました。


その後、私はSちゃんと一緒に広島県まで行って、T君のお墓参りをしました。


毎年、6月になるとこの不思議な体験を思い出します。

当時のスマホは壊れてしまいましたが、撮ったスクショは私のお守りとして、四葉のクローバーとともに大切に保管してあります。

T君が亡くなったことを知って、とても苦しくて悲しかった。

でも、今では私のすぐ側にT君がいるような感覚を得ています。
T君は、いつも穏やかな笑みを私に向けてくれているのです。


うつみん〝T君 ありがとう″



★終わり★


最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
このお話はフィクションです。

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