鬼のジングルベル

小さい頃から、靴の裏がすり減るのがもったいない気がして、なるべく地面に擦れないように歩くようにしていた。

やり出すとどんどんどん気になり出して、そのうち数ミリほど浮遊しながら歩くようになってしまった。

街を歩けば知らない人々から「うわ、ドラえもんじゃん!」と馬鹿にしたような言い方をされ、笑われる。

知らない人に馬鹿にされたってもうどうでもいいやと思っていた。

はいはいボクドラえもんはいはいボクドラえもん、と頭の中で返事した。

ある日は、街ゆく人たちからの絡みがしつこかった。

「おーい、ドラえもーん、ジャイアンにいじめられたよ!どうにかしろやこのタヌキ!」

「おれがそのジャイアント !歌を聞けい歌を。リサイタル開いたる!」

「お風呂覗くなクソだぬき!ジャイアンにしばかせるぞ!」

「おれがそのジャイアント !歌を聞け。最近はマジで自信ある!」

しつこいけれど、やっぱりどうでもいい。

はいはいボクドラえもん、敗北ドラえもん、と頭の中で返事した。

無視して仏頂面で歩いていると、後ろから強い力で引っ張られた。

「お前さ、誰に許可取って浮遊歩行してんの?あ?ドラえもんかよ。殴られたくなかったら四次元ポケッツで一発ギャグしてみろや!」

金髪サングラス系高校生の四人組だった。

ギャーギャー笑っている。

ワシは呟いた。

「スネ夫、しずか、ジャイアント 。三人用なんだよなぁ…。」

「あ!?なんだこら。」

「だから、三人用。お前いらないんだよ。」

ワシは、ワシの胸ぐらを掴んでいる男の顔面を急に殴った。

男は鼻血をドバドバ出して、顔を押さえて地面に倒れこんで怖がっている。

「いってえ!!」

これはワシの声、殴った拳がすっごく痛くて泣きそう。

「おい!ふざけんじゃねえぞ、まじぶっ飛ばす!」

そう言って残りの三人がワシに襲いかかってきた。

ワシは必死に走り出した。

捕まったらボコボコにされる。

とりあえず交番まで逃げ込みたいが、そこまでの距離は約256kmといったところだ。

ちょっと気が遠くなる距離だが、恐怖で走るしかなかった。

とても怖い、怖いけど、ワシはなぜかそのとき高校時代の先生の言葉を思い出していた。

『想像力が大切。想像力があれば全てのことはもっと良くなるのだ。』

ハァッハァッハァッ。

自分の呼吸音がうるさくて他の音が聞こえない。

三人組はどのくらい近くを走っているんだろうか、確認する余裕もない。

なぜか高校時代の先生の言葉が頭の中でリピートされる。

ハァッハァッハァッハァッ。

『想像力が大切。想像力があれば全てのことはもっと良くなる』

ハァッハァッハァッハァッ。

『想像力大事。想像力あれば良い』

ハァッハァッハァッ。

『想像力良いよ。』

ハァッハァッハァッ。

『全て想像に過ぎない』

ハァッハァッハァッハァッ。

どれくらいの時間を走った頃かわからないが、気づけば遠くに交番が見えるところまで来ていた。

交番の入り口のところでお巡りさんが、「おーい、もう少しだ、がんばれー!」と手を振っている。

「いや、手を振ってないで迎えに来てくださいよー!」

と言ったら、

「いやいや、110番がないと勝手に動けないシステムなんよ!」

と言われた。

何にせよもうすぐだ。

少し安心して後ろを振り返ると、三人組は後方1mmを鬼の形相で走っていた。

「待てこのドラえもん野郎、こら!」

「いや、まあまあ近いな!やばいかも!」

呼吸音がうるさいのは四人分の呼吸音が重なっていたからだったようだ。

ワシは必死に力を振り絞った。

交番まであと20m。

『想像力が大切。想像力があれば全てのことはもっと良くなる。』

交番まであと10m。

『想像力で良くなる。』

交番まであと5m。

『想像』

『交番まであと0m。』

想像。

ワシは交番に飛び込んで叫んだ。

「ドラえも〜ん!いじめられたよ〜!」

お巡りさんがワシの頭を力いっぱいに警棒で叩いて言った。

「ドラえもんはお前やないか!」

あ、この人もそうなんだ。

はいはい、ボクドラえもん、頭の中でそう返事した。

警棒で叩かれたところが痛くてジンジンする。

ジンジン、ああ、そう言えば今日はクリスマス、ジングルベル。

サンタさん、ワシが欲しいのは、貴方の袋に入るようなモノじゃないのさ。

メリークリスマス、と言って交番を後にした。

ワシに殴られて鼻血を出した男は、さながら赤っ鼻のトナカイさんといったとこかな。

いや、ちょっと待てよ、と思って、ワシは交番に戻って言った。

「たしかドラえもんの鼻も赤かっただろうが!」

ワシはまた警棒で殴られた。

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ワシのことを超一流であり続けさせてくださる読者の皆様に、いつも心からありがとうと言いたいです。