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介護で思ったこと ⑩ ホスピス相談見学2

つづき

△ 緩和ケア外来で医師と面談の日

それまで一度も受診したことがない、
実家から車で20分ほどの総合病院。
そこにホスピス(緩和ケア病棟)がある。

面談予約の当日、初診受付を済ませ、
緩和ケア外来の医師と面談。
事前に渡していた父の医療情報提供書と
画像に目を通して待っていてくれたのは
初老の優しい目をした男性医師だった。
ゆっくりじっくり話した後、
看護師さんにホスピス病棟を
案内してもらった。

△  ホスビス病棟へ

病棟に入る前に検温、手指消毒。
自動扉が開きホスピスエリアへ
入って行く。

大きな窓から光がたっぷり入る、
とても明るく開放的な空間。
窓の外にはどこまでも青い空と
街並みが広がって、
今まで見たことがない方角からの
東京のシティービューをまさか
ここで見られるとは、とちょっと驚いた。

全てがゆったりとした造りで
光は溢れていて明るいのに、
なぜが時が止まっているような、
現実感が消失したような
不思議な感覚に陥った。

2/20の夕日

△ 医師の言葉

緩和ケア病棟でできる事できないこと、
一般病棟との違いについて、面談時
優しい目の医師は丁寧に説明してくれた。

検査の類は一切せず、治療もしません。
意味がないことだし、
検査は患者に苦痛を与えるだけだからです。

今の症状を緩和する治療は
できる限りするけれど、
延命につながる医療行為は一切しません。

ただ限られた残りの時間を穏やかに過ごせるよう、
患者一人一人の尊厳を大切にして、
私たちは寄り添います。

そう、医師が説明してくれた通り、
このフロアに入院中の患者達は
皆それぞれ重い病を抱えているけれど、
延命治療を受けないことを了承し、
生命体として死を自然の過程と
認めることができた人達。

自分の人生が近く終わるという、
争うことができない事実を
理解し受け入れた人達だけが
過ごせる場所に私は立ち入ったのだった。

△ 無音の世界で押し潰されそうになった

そこは無音が全てを重く覆っていた。

一般病棟ではナースステーションから
常に聞こえてくるモニター音がない。
慌ただしく行き交う看護師さんの姿も、
廊下で歩行訓練する患者の姿もない。

当時は今より酷いコロナ禍中、
面会制限は厳しく事前予約制で
1日一家族一人15分。

家族と一緒に使えたはずのキッチン、談話室は
全て使用禁止。見学中お一人面会にいらしたが、
病室直行で、話し声が廊下に響くこともなかった。

入院患者達はモニターに繋がれず、
機器に管理されることなく病室で過ごしている。

保険診療の部屋も含め、全室個室。
扉は全て閉じられて、
ところどころTV音は漏れていたけれど、
在室しているはずの人間の気配が全く無い。

扉の向こう側にいるはず人たちは、
起きているのか。
起きているのなら何を思っているのだろうか。


2/21の夕日


△ 胸が張り裂けそう

ホスピスエリアに足を踏み入れた時に
時間の流れが止まっているような感覚を
私は覚えたのだが、
同じ空間で扉一枚向こう側にいる人達は、
自分の時間が刻一刻と少なくなっているのを
意識しているのだ。

この埋められない感覚の違い。
私はどうしようもない遣る瀬なさ、
無力感に襲われて、ホスピス見学中
つらく胸が張り裂けそうになったのである。

つづく


















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