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Skyward 1話

【あらすじ】
舞台は架空国ビルム・インガム。
17歳のアーツ・ロイジャーは、幼い頃に兄と慕っていたリクオ・ワディスとともに、夏休みを使って祖父の住む街へ旅行へ出かける。 
旅先で出会う沢山の人達。そして小さな事件たち。この旅は、ただの旅行のはずだった…。





空が遠くまで青く広がり、風が白い雲を運ぶ初夏の或る日。
太陽が真上に移動しようという時刻。
二十代くらいの青年と高校生くらいの少年が、赤い車から順々に降りてきた。
髪を後ろで結った女性がその後に続く。
「2人とも気を付けてね。忘れ物はないわね?」
女性が車のトランクを開けると、青年の方が2人分の荷物をサッと下ろした。
「ああ。助かったよ、ヒスマ」
「いいのよ、このくらい。アーツのことよろしくね、リクオ」
ヒスマと呼ばれた女性は微笑み、青年にそう声を掛ける。
「リクオさん、今度はあたしとも旅行行こうね?」
車内の後部座席の窓から、若い女性が顔を出して言った。
「そうだな。シェアも見送りありがとう」
「リクオさんのためなら、あたしどこにだっていくから!」
シェアと呼ばれた若い女性はウィンクをした。リクオは微笑む。
シェアは続けて高校生くらいの少年に顔を向けた。
「アーツ、あんたリクオさんに迷惑掛けるんじゃないわよ?」
シェアが、外でリュックを背負い直しているアーツと呼ばれた少年に強めの口調で言い放つが、アーツは無反応だ。「アーツ、あんた聞いてんの?」
「シェア、ケンカはやめなさい」
ヒスマは微笑みながら言った。
「だって母さん、こいつの態度!」
シェアはアーツを指差す。
わめくシェアを窓から離し、ヒスマは車に乗り込むと、運転席から軽く手を振りながら「それじゃあ仲良くね、2人とも。いってらっしゃい!」と、来た道へ車を発進させた。

赤い車が建物の角を曲がり、見えなくなるまで見送ったあと、アーツとリクオの2人は港の方に向きを変える。
「これから旅行を楽しもうって相手に、なんであんなにわめくんだろう、姉さん」
アーツがため息をつく。
「見ろ、アーツ」
リクオが港にある船を指さした。
「え…?わ〜!」
風にグレイの髪をなびかせ、アーツは街の入り口から見える客船を見上げながら、ほぅっと息をついた。船旅なんて子供の時以来だろうか。
ここはカディフポート。ビルム・インガムという島国の東部に位置する、比較的大きな港町である。
「行くぞ」
手招きしているリクオの元へ、アーツは駆け寄った。
銀髪で20代半ばくらいに見えるリクオは、アーツが追いつくとゆっくり歩き出した。銀髪とはいっても角度によっては薄い青にも見える綺麗な髪が、光りに透けている。
「リクオさん、オレたちが乗るのってあの大きな船?」
古めかしい建物の屋根より覗く船を指差しながら、興奮気味のアーツに少しだけ表情を和ませ、リクオは頷いた。
「ああ。たぶんそうだ」
そう言って、リクオは辺りを見回す。「船の出発時間、オレの都合に合わせてもらって、悪いな」
「全然良いよ。楽しみだから」
アーツの言葉にリクオは少し微笑む。
「おまえに見せたいものがあってさ。そのコースに行く便は、今日のが1番タイミング良かったんだ」
長めの前髪を掻き上げるリクオの顔を眺めながら、アーツも笑顔を返した。
カディフポートは今日も人の数が多い。町の住人はもちろん、船旅中に寄港し観光を楽しむ客も増えており、辺りには警備員の姿もチラホラ見えた。
リクオは、腕時計に視線を移す。
「出発まで時間もあるし、少し見て回るか。カディフポートはいつ以来だ?」
「うーん…、ほとんど覚えてないなぁ」
観光客が多く見られるカフェやレストランが建ち並ぶ通りを見やり、そうか、と頷くと、
「とりあえずどっか店に入るか。腹減ったろ?」
とリクオは先に歩き出した。
アーツはリクオのあとを、街並みを眺めながら追う。
真っ青な空には大きく翼を広げた海鳥たちが飛び交い、髪や頬を撫でる潮風が広大な船旅を連想させる。アーツは高揚感で胸がいっぱいだ。
何より嬉しいのは、久しぶりに再会したリクオと旅行に行けるということ。
幼い頃、兄のように慕っていたリクオに逢えると知ってから、アーツはこの夏が来ることをずっと楽しみにしていた。
まさか一緒に旅行へ行くことになるなんて、少し前の自分は想像すらしていなかった。リクオはもう自分のことなど、忘れてしまっていると思っていたから。
「今日はやけに人が多いな」
リクオはアーツの分の乗船券を手渡しながら、港に停泊中の船の方へ視線を送る。
「みんな船に乗る人なのかな。こんなデカい船を見るのは初めてかも」
「確かにリバートンにいたら、まず見ないよな」
先ほどまでキョロキョロと周囲を眺めながら、おぼつかない足取りで行きかう人をなんとか避けていたアーツだったが、リクオから乗船券を受け取ると頭を掻いた。
「時々シェルーズベリーの中心街に出て遊ぶことはあっても、こっちにはあまり来ないからなぁ」
アーツの言葉に、リクオは頷く。
「今日は人が多いから、荷物、無くさないようにしっかり…、っと!」
そこまで言って、路地から急に飛び出してきた青い帽子の子供を器用に避けるリクオ。
「わっ…!」
振り返ると、リクオが避けた子供がアーツの懐に抱きつくようにぶつかり、アーツが驚いて声を上げていた。「びっくりした!…大丈夫か?」
アーツは子供の両肩に手を置いて、体から離しながら声を掛ける。どうやら少年のようだ。
「ごめんなさい」
青い帽子の少年は顔を上げることなくそう言い、走り出そうとする。リクオは眉を寄せた。
「おい」
呼び止めようとしたリクオの手を寸での所でかわし、少年はあっという間に人混みの中へ姿を消した。「…アーツ、財布は大丈夫か?」
リクオは少年が消えて行った方向をしばらく見つめ、眉間にシワを寄せたままアーツへ視線を移した。
「財布?あるよ、ここに」
アーツは片側に掛けた背中のリュックをパンパンっと叩いて見せる。中から財布を取り出したところを見て、リクオはホッと息をついた。
「まれだが、旅行者を狙うヤツもいるから用心しろよ」
2人は人の波をかき分けながら、比較的空いているカフェに入った。
注文したアイスコーヒーが運ばれてくると、リクオは息をつき、行き交う人々を眺める。
相変わらずキョロキョロと窓の外を見ていたアーツが、アイスコーヒーを手に取り、口を開いた。
「リクオさんはカディフポートに来たことある?」
「何度かな」
「仕事?」
「ああ」
「事件?」
「そうだな」
アーツはリクオの話に興味津々で、身を乗り出して聴いている。
リクオは国際捜査局、通称『IIB』という特殊機関で働いていた過去がある。それはアーツの父親も同様で、彼にとって『IIB』は身近な存在の1つであった。
更にアーツはリクオを幼い頃から慕っており、IIBで働くリクオは──今は訳あって休職中ではあるが──会わなくなった期間はあるものの、今でも憧れの大好きな存在である。
久々に逢うリクオは大人になっていて、アーツの瞳にはとても格好良く映っていた。
実際、リクオは人目を引く容姿をしている。目鼻立ちが整っており、スラッとしていてスタイルも良い。着ている服もシンプルながら品があり、爽やかだ。
そして声も落ち着いていて、耳に心地良い声色をしている。
だが目つきはやや悪く、近寄りがたい雰囲気を醸し出している事は否めない。
声を掛けやすいタイプではないので、遠巻きに憧れている女性が多いようだ。
そんな自分を知ってか知らずか、背もたれに寄りかかりながら、リクオは閉じかけていた瞼を開け腕時計を見た。「船が出るまで何をするかな」
「出るの早すぎたよね、やっぱり。母さんが焦らせるから。遅刻するより早く着いて待ってる方が良いって母さんの考え方もわかるけど」
首をすくめたアーツを見て、リクオは少し笑った。
「ヒスマに送って貰って助かったよ」
「まぁね。母さん、リクオさんに久々に逢えて嬉しそうだったね。あと姉さんも…」
「シェアも相変わらず元気だったな」
「めちゃくちゃ怒ってたけど…」
「怒ってた?」
リクオはキョトンとした。アーツはため息をつく。
「昨日、なんであんただけリクオさんと旅行に行くのよ!って、いつもの調子でさ」
「ははっ、シェアも来れば良かったのにな」
「だよね?自分で友達と約束しちゃってたくせに。姉さん今でもリクオさんのこと好きだから、オレとリクオさんが仲良くしてるのが許せないんだよ、きっと。昔からそうだからね」
アーツがそう言うと、リクオは少し困った表情をした。
「…背がずいぶん伸びたんだな、アーツ。ビックリしたよ。オレと同じくらいなんじゃないか?」
「高校に入って、かなり伸びたよ」
背が高くなったと言われ、アーツはガッツポーズを取りながら喜んでいる。リクオは微笑んだ。
「あ、ねぇ、あそこにあるの雑貨屋かなぁ」
アーツが指さした方向に視線を送りながら、リクオはアイスコーヒーを口に含んだ。
「興味あるのか?いいよ、行くか」
「オレがってより、姉さんがおみやげ買ってこいってうるさいからさ」
アーツがため息をつくのを見て、リクオは苦笑した。
「おみやげって、ここで買うのか?こんな近場で買ったら、逆にシェアにどやされそうだが。けどま、時間は潰せるかもな」
「1人で平気だよ。リクオさんあんまり寝てないんでしょ?休んでてよ」
先ほどから眠たそうなリクオに気づいていたアーツは、少し遠慮がちに立ち上がった。
 リクオは体を起こし、アーツを見る。「キョロキョロして旅行者丸出しだから、おまえ1人じゃ心配だ」
「大丈夫、もう小さい子供じゃないんだし」
 アーツは困った顔をした。
その言葉に、リクオはフッと優しい顔になる。
「確かにそうだが、オレはおまえが道中を安全に過ごせるようヒスマたちに頼まれてる。何かあってからじゃ遅いからな」
アーツは何も言わず小さく微笑んで、だがそれを隠すかのようにまた港に停泊中の客船に視線を向けた。
あとで乗る予定の船の周りには、たくさんの船員が行ったり来たりと忙しくしている。
船員達が大きな箱を一生懸命運ぶ姿を目で追いながら、ふと、積み上げられた箱の裏にいる子供がアーツの視界に入った。
その少年は、先ほど路地から飛び出し、自分にぶつかってきた青い帽子の子供のようだ。
…何であんなところに?
青い帽子の少年は隠れるように座り込み、なにやら紙切れを見ている。
アーツは何気なくお尻のポケットに手を入れた。リクオから手渡された船のチケットが入っているはず……。
「ないッッッ!」
アーツは思わず大声を上げた。カフェにいた客達の視線を一斉に浴びる。
驚いたリクオが、持ち上げかけた荷物を床に落とした。
「ないっ!なんで!?」
アーツはリュックを開け、焦った様子でチケットを探す。
「…チケットか?」
リクオは、一度落としたリュックを拾いながら尋ねた。
アーツの口がぽかんと開いたままだ。嫌な予感がする。
「ポケットに入れてたのに…なくなってる……」
泣きそうな顔をしているアーツ。「落としたのかも。ごめん、リクオさん。どうしよう。今からキャンセル待ちでチケット取れるかな……」
アーツは携帯端末で調べ始めたが、それは難しいかもな、とリクオは想った。だが口にはしなかった。
人気の客船で、チケットはすぐに完売した。キャンセル待ちをしていても乗れる確証は無い。
「慌てるな、大丈夫だ。とりあえず来た道を探しに行ってみるよ」
リクオは明るくそう言って見せた。
「オレも行く」
アーツは怒らないでいてくれるリクオを見て、胸をなで下ろす。リクオが大丈夫と言えば、大丈夫な気がした。
リクオとの再会は8年振りだったから緊張していたが、その空白などなかったかのように、アーツはリクオといると心が安まり楽しく感じられた。
リクオの方も、8年振りに再会した義理の弟であるアーツは、その頃とは見違えるほど大人になっていたが、ころころ変わる表情は9歳の時の可愛らしいままで、ホッとする自分がいた。
今日のカディフポートは観光客も多いから、人にぶつかり、何らかの拍子で落とす可能性も…、とリクオはそこまで考えて、ふと思い浮かぶ青い帽子の少年。
先ほどアーツにぶつかり、あっという間に走り去ったのを見て、嫌な予感はしたが財布は盗まれていなかった。
「もしかしたら…」
リクオが呟く。
アーツもハッとし、2人は顔を見合わせた。



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