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Skyward 4話

「つまり?」
「つ、つまりぃ……」
カウンター席から丸テーブルに移り、フィンを囲むリクオとアーツ。
さらわれたはずのフィンの姉だという女性、ナタリーもニコニコと笑顔で加わったが、彼女の周り以外は気まずい雰囲気が流れている。
呆れた様子のアーツたちを前に、フィンは身を縮めながらぽつぽつと語り始めた。
「歩いてたら、ぶつかってきたあいつらにいきなり因縁つけられたんだよ。『ぶつかってケガしたから金出せ』て。おいらは逃げようとしたんだけど、ナタリーがのんびりしてたから捕まっちゃって。姉ちゃんを返してほしけりゃ金を持って来いって言われて…。で、さっきも言ったような理由であんたたちに目を付けたんだけど、アーツの兄ちゃんから盗ったのがただの紙切れで、おいらがっかりしてたんだ」
「ただの紙切れじゃない。舟券だ、アーツの祖父さんからのプレゼントのな」
リクオは無表情で言った。
フィンが「それは…本当にごめんよ」とアーツに抱きついている。アーツはどうしたら良いものかと困り顔だ。
フィンは話を続ける。
「それで、その船のチケットをあいつらに見せたら喜んじゃってさ。姉ちゃんは返してくれたんだけど、こんなチケット持ってる奴なら金もいっぱい持ってるだろうから、あんたたちを8番倉庫に連れて来いって……」
最後の方はゴニョゴニョと小さな声で呟きながら、フィンは身体を小さくしていく。
リクオとアーツ、店主のノアは呆れた表情で少年を見ていた。
「じゃあ、さっきの奴らが待ち構えてるところに、オレたちを行かせようとしてたってことか?」
アーツはフィンに低い声で問う。
「ご、ごめん……!!」
オリバーは頭の上で手を合わせる。「だ、だけど、どうにもできなくて、従うしかなかったんだよ」
「警察を呼べば良かっただろ」
リクオは冷静だ。
「い、いやだって、怖くて……」
ボソボソとつぶやくフィンを見下ろしながら、アーツはため息をつく。
「わからなくはないけど、だからって盗みの正当化にはならないぞ」
「まぁ、恐怖で言われたまましか動けなかったってのも、子供なら余計かもな」
ノアが少しだけフィンを庇うと、リクオがノアへ冷たい視線を注いだ。ノアは慌ててコップを磨き始める。
「確認するが、アーツのチケットはそいつらが持ってるんだな?」
フィンが頷くとリクオはやれやれと肩をすくめ、出口に向かって歩き出す。
「あっ、待ってよ、リクオさん!」
アーツはあわてて席を立つ。「地元警察、呼ばなくて大丈夫?かなり大きな男もいたし、オレたちだけじゃ危ないよ」
「街の警官ならこの店にもよく顔を出すし、顔見知りだぞ」
ノアが携帯電話をポケットから取り出す。「今日は他の街からも応援を呼んでるみたいだが、呼んでおこうか?」
「まあ、なんとかなるだろ。人質を取る卑怯な奴らだ。まともな戦闘に自信がないんだろうよ」
「だから余計にだよ。そいつらが武器を持ってたら……」
アーツが不安そうに言った。
「そうだぞ、リクオ。アーツをこれ以上心配させるな。警察か、IIBに任せようぜ」
ノアも心配そうにリクオとアーツを見ている。「こんなこと、滅多にカディフポートで起きることじゃない」
「盗難でIIBが動くとは想えない。だがシェルーズベリーは治安が良いし、珍しくはあるな。人や警備が多いのは何か理由があるのか?」
「客船が停まってるからじゃないか?見てないか、シャーロット号。他より大きな船があったろ?」
「シャーロット号?オレたちの乗る船だ」
「なんだ、おまえらあれに乗るのか。客室にもよるだろうが、あれはなかなか高いんじゃないか?奮発したな」
「ごめん、リクオさん、チケット無くしちゃって…」
アーツがリクオを見る。
「気にするな、アーツは悪くない。こいつがチケットを盗った事がそもそもの問題だしな」
リクオに睨まれたフィンは、目を逸らした。
「シャーロット号が停泊してるせいで警備が多いんだとしたら、お忍びで要人でも乗せてるのかな」
ノアが腕を組んで考えている。
「フィン」
名を呼ばれ、フィンがアーツを見上げた。
「なに?」
「キミは…、オレたちをハメるつもりだったんだよな?」
「だ、だから悪かったってばあ~!それに無理やりさせられたんだよ」
フィンは困った顔をした。
アーツはそんなオリバーを見て首を左右に振る。
「いや、そういう意味じゃなくてさ。さっき、あいつらフィンを探しに来たじゃないか」
「え…?あ、ああ、そう、だね。逃げたと想われてるのかも…」
「街中を探してるってことは、奴ら倉庫にいないかもしれないってことだよな?」
「あ、そうなるかな…」
「そうよ~! だからお姉ちゃん、探しにきたのよ~」
今まで黙っていたナタリーが急に口を開いた。「フィンなかなか来ないし~、あいつらがウロウロしてるの見たから、あたし心配で~。見つかって良かったわぁ」
「姉ちゃん、その緊張感ないしゃべり方やめてくれよ」
ナタリーに頭を撫でられているフィンを見ながら、リクオはため息をつく。
「とりあえず、だまされたフリして倉庫街へ行ってみるか」
リクオはダルそうに首を回しながら、「ノア、悪いがアーツとこの姉弟、オレが戻るまで頼む」
ノアが手を上げて了解、と返事をする。
「あとで8番倉庫に警官を呼んでおく」
「リクオさん待って!これってもしかして、あいつら他に仲間がいるんじゃ?」
アーツは慌ててリクオの腕を掴んだ。リクオが少し驚いて振り返る。「倉庫に呼び出したのに街中を探してたら、オレたちと入れ違いになる可能性が高いでしょ?なのに探してる。ってことは…」
リクオは少し考えて、アーツの顔を見た。
「なるほど。あいつら以外に、倉庫にも仲間がいる可能性はあるな」
「だとしたら、やっぱり2人で行くのは危ないよ」
「2人?いや、おまえを連れては行かないぞ」
「はあ?1人なんて絶対にダメだよ!」
アーツはリクオの腕を掴んで離さない。リクオは自分にしがみ付くその手を見て、肩をすくめた。
「アーツ、急がないと出港に間に合わなくなる。警察と鉢合わせしたら聴取で足止め食らって、照合してる時間を待ってたら今夜の出発は出来なくなるぞ?そうなると、ドゥイスバークに行くまで何日かかるかわからない。おまえの夏休暇も永遠に続くわけじゃないし、何よりネヴィルだっておまえが来るのを楽しみに待ってる。そうだろ?」
「確かに遅くなれば祖父ちゃんは心配するだろうけど、説明すればわかってもらえるはずだし、何より危険なところへリクオさん1人を行かせるわけにはいかないよ」
「…アーツ、オレは訓練を受けてるから平気だ。それに奴らを捕まえるのは警察に任せる。けどチケットは取り返さないと、今夜の船には乗ることが出来なくなる」
「間に合わなければ別日のチケットにしようよ。確かにリクオさんがせっかく取ってくれたチケット代はもったいないけど、お金ならバイトして返すし…」
アーツは真剣だ。いくらリクオが特殊組織にいたとは言え、相手の人数もはっきりわからないまま罠にハマるかも知れないところへ行かせるわけにはいかない。
しかしリクオは首を横に振った。
「金の問題じゃない。今夜出発の、あの船に乗りたいんだ。今夜出ることに、意味があるんだよ」
「意味?」
「言ったろ?見せたいものがあるって…」
自分と同様、リクオも真剣だ。アーツはどう言葉を掛けるべきか迷ってしまう。
確かにリクオさんはプロの訓練を受けてる。とはいえ、そこまでして一体オレに何を見せたいんだろう?
「おい、2人とも。どうするんだ、警官。呼ぶぞ?」
ノアが携帯を振りながら、言い合いが白熱し始めたリクオとアーツに声を掛ける。
「アーツ、ここで待ってろ。頼んだぞ、ノア!」
「あっ!リク…ッ、待ってよ!!」
アーツの腕をすり抜け、リクオはあっという間に店を出た。アーツも慌ててその後を追う。
「あらあら、大丈夫かしらぁ?」
ナタリーが首を傾げながら、2人の背中を見送った。「今夜出る船って、なにかあるのかしらね?」
「さぁ?ねぇノアさん、あのリクオって兄ちゃん、警察なの?訓練って言ってなかった?」
フィンがノアに尋ねた。
「いや、簡単に言うと警察よりも更に特別な捜査をする組織で、IIBって知ってるか?国際捜査局のことだよ。世界中に支局がある。ま、オレは辞めたしリクオとは部署が違ったから、よくは知らないんだけどな。それにリクオは今、休職中らしい」
ノアは携帯電話の画面を触り、耳に当てる。「もしもし?オレはノア・グリース……」
「へぇ…、じゃあけっこうすごい人なんだ」
フィンは目を丸くしている。
「あらぁ~、じゃあ打って付けな人に助けて貰えたんじゃないの~、フィン」
ナタリーは、相変わらずのんびりして口調でそう言った。


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