「自分がどこで産まれたか」を知ること
田舎に越すまで、「自分がどこで産まれたか」を意識したことはなかった。
逆を言うと、越してきてから、初対面の人と挨拶するときは必ず出身地を聞かれるから不思議だった。
東京にいた頃は、「三重出身だ」とか「青森出身だ」とかいう話は、知り合ってから一年も経って初めて交わすことも少なくなかった。それに、それを聞いても「へ〜、だからちょっと関西訛りなんだ〜」とか「色白なのって東北出身だから?」とか、思うのはそれくらい。大学の友達の半分くらいは地方出身者だったから、いちいち誰がどこ生まれだなんて覚えていなかったし、どうでもよかった。仲のいい友達の誕生日を覚えるように、仲のいい友達の出身地は覚えている、それくらいの感覚だった。
その町に住みたい理由
地方の過疎化を食い止めようと、あらゆる自治体で移住促進の内容が練られている。私が今住んでいる町も、Iターン、Uターン者にはちょっとした援助があるらしい。私が移住した次の年からそれが始まったから、なんだか少し損した気分になった。
だからと言って、援助がないから移住をやめるということは考えなかったし、たとえ援助があったとしても、「ラッキー」くらいの気持ちで、特段に移住の決め手にはならなかったと思う。
私が移住を決めたのは、この県が好きで、そこに働きたい会社があって、実際に来てみたときに「いい町」だと肌で感じたから。多少の不安はあったけれど、この町で「普通に暮らすこと」に魅力を感じた。
「よそものあつかい」は結構悲しい
なにより、この町にはもともと移住者が多く、それが心強かった。この町に魅力を感じて住み着く人がいる。それは県内外から毎年数人ずつやってきて、そんな人たちを自然と受け入れてくれる土壌がある。
町によっては、「移住者を受け付けない」風土が残る地もあるという。よそものに、その土地の昔からの暗黙知的なルールは分からない。わざわざそれを説明してあげるのも煩わしい。という感覚だろうか。
今でこそ自治体から移住を勧めているかもしれないけれど、町民自身のそんな無意識下の思考はなかなか拭い去れない。
400年の歴史と人柄
隣町には400年の歴史を誇る地場産業がある。大切に受け継がれてきた伝統と職人の技術は、そう簡単には身に付けられるものではない。厳しい世界であるが故に長く続いてきた歴史がある。
そのように大切に受け継がれてきた文化があれば、突然門を叩いてきた素性も知らない人間に、「ようこそ」と語りかけるのは当然ながら難しいことかもしれない。
私が住んでいる町は、上記のような伝統とは少し異なる歴史を持つ。同じ地場産業でも、この町独自のものではなく、隣町の産業に付随して発展した。数百年前の工芸品の流行に伴い、生産性を上げるための「下請け」として人々は働いた。だから伝統を守ることよりも人手が必要だったのかもしれない。突然門を叩いてきたよそものに対しても「まあ入らんね」と語りかけた。
「門を叩いて十年下積み」という隣町と
「門を叩いたその日に共に食卓を囲む」というこの町。
歴史の違いと、人柄の違い、不思議だけど納得がいく。
今ではこの町の産業も独自の文化となっている。400年と歴史は長いが、伝統様式を守ることよりも時代の流れに柔軟に対応することを大切にしているように見える。
町の人柄と、新しいことを始めやすい空気感、そして柔軟だけれど確かに残る歴史の流れ。その魅力に惹かれて、この町には自然と人が集まってくるのかもしれない。
土地柄、風土、とは
だからみんな出身地を聞くのだろう。
年齢や性別と同じように、その人がどんな人なのかを判断する一材料として。当然、年齢や性別と同じように、それだけでその人を知ることはできないけれど。
「出身地が同じ」ということだけで強い結束感が生まれるのも分かる気がする。自分の生まれる何代も前の世代から、同じ空気感の中で暮らしてきた、説明しようのない根本での繋がりがあるのかもしれない。
その感覚は、東京で生まれた私にはない。なんだか羨ましく感じた。
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