見出し画像

夢想の船出



瑞々しい

初夏の風の香りがしました

春の暮れを

惜しんでいる間に

その切ない気持ちを

消し去るようにして

新しい季節を

知らせてくれたのでしょうか



青々とした植物達が

うれしそうに

枝を広げた あの時から

夏ははじまっていたのでしょうか


あの日も同じ様

私に触れるものは

すべて初夏のものでした


足元には

乙女の頬のように真っ赤な

バレエシューズ



曇りのない 透き通った車窓から

移りゆく

真っ青な海と ミルク色の入道雲が

だんだんと私に近づくのを

静かに見守っていました



それは夢のはじまりだったのです



瞳にうつるあまたの色は

私をすっかり少女の姿に

心にみどりを

心にあおを

丁寧に 取り込んでゆきました

手のひらにあつめ ひろげ 

溢さないように

ゆっくりと 取り込んでゆきました



揺られ 辿り着いた色

それは どこまでもつづく澄んだ碧と

砂浜におちた貝殻のような白縹でした


見惚れていた私の髪を

撫でる様にして触れた海風は

いつかの精霊

私の眼も青く染めて

身も心も 海風のものでした



導かれるようにして

いつの間にか

船乗り場へ歩をすすめたのでしょう


大きな雲に軽やかに飛び乗りました

ここではないどこかへ

行くことができるのです

夢想の船出のはじまり

その尊さに胸を震わせました




空を見上げると一羽のカモメ

雲の縁をなぞるように飛んだのち

遠くへ消えていきました





夢想との境界は

私の世界には存在しないのです



優雅なメロディを奏でるように

美しい日々を切り取った絵画の様に

はじける音をあつめた詩集のように





とても自然に

とてもおだやかに

こちらと夢想を行き来できるのです

時と場は繋がっていると

たしかに感じるのです





そう思うほどに

あの日見た景色は

まぶしいほど鮮やかなのでした




この記事が参加している募集

#とは

57,808件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?