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第36話◉ルール◉

イケメンのルーティン

「また聞かせてね。
気をつけて帰ってね。
ごきげんよう」

オーナーママであるリリーは左手を胸の前で小さく左右に振りながら言った。

ボーイのサトシが素早くカウンターの上を片付けると店のドアを開けて

「お待たせいたしました。
斎藤様、お入りくださいませ」

満面の笑みと爽やかな声で言った。

軽く会釈をしながら店の中に斎藤は入って来た。

リリーはカウンターの中から独特の雰囲気を身にまとったままで

「ご無沙汰ですわ。
お変わりないかしら?」

と斎藤へ向けて話した。

斎藤は席に座りながら

「久しぶり。
たまには顔を見せようと思って予約したんだ。僕はウイスキーロックでチェイサーも下さい。リリーさんは相変わらずビールかな?一緒にお願いします」

一気に話した後にサトシの顔を見た。

「かしこまりました」

サトシはそう言うと一礼して厨房へ入った。

斎藤はリリーをじっと見つめて言った。

「相変わらずそうだね。
繁盛してるみたいだし、お子さんは元気?」

「お陰様で何とかやってますわ。
娘たちも相変わらずです。
お気遣いありがとうございます」

リリーは答えた後に軽く頭を下げた。

リリーは続けて話す。

「相変わらず男前ね。
モテ期じゃないことってあるのかしら?」

斎藤は背が高くスラッとして見えるが体を鍛えていてよく見ると胸板の厚さに気がつく。

それでいて顔は甘いマスクである。

誰が見ても男前のパーツではないのだが、全体の雰囲気も含めて逢う人は皆んな魅了されることが多いのだ。

斎藤は白い歯が輝く笑顔のまま口を開いた。

「リリーさん、話さなくても解っているとは思うけど僕は相変わらず父親にはなれないんだよ」

「そうね…」

リリーは頷きながら聞いている。

「僕より妻は年上だし、そろそろ限界なんじゃないかと考えてるんだ」

斎藤は真顔で言った。

リリーは斎藤を真っ直ぐに見つめたまま

「子供を諦めるってことかしら?」

率直に尋ねた。

斎藤は真顔のまま

「そういう事になるかな。
もしくは不妊治療を検討するか…
僕の中の答えが真っ二つに分かれていて、僕自身、混乱してるんだ」

少し早口に言った。

そこへボーイのサトシが飲み物を運んできた。

「お待たせいたしました。
ウイスキーのロックでございます。
そして、こちらにチェイサーのお水をご用意させていただきました」

「ありがとう、サトシ君。
リリーさん、好きなだけ呑んで下さい。
乾杯」

斎藤はそう言ってリリーのグラスに自分のグラスを当てた。

「遠慮なくいただきます」

リリーは微笑み返した。

リリーはビールを呑んだ後にシリアスな顔で切り出した。

ルールのお話

「ねぇ。
あのルールは今も続いてるの?」

「続いてるよ」

「そう。
5年になるかしら?」

「来月で丸6年になるよ」

「へぇ。
本当に凄いとしか言い様がないわね」

リリーは大きな目をより大きくして驚いた。

サトシがリリーとお客様との会話に入ってくる事はないのだが、何のルールなのか聞きたい素振りが分かりやすい程に伝わってくる。

それを横目にリリーは続けた。

「じゃあ、今夜も?」

「もちろん」

斎藤は即答した。

その笑顔も格好良い。

サトシがまるでメトロノームを目で追う子猫のように2人の顔を交互に見ていた。

リリーは驚きが自分だけで処理出来なくて、ついにサトシに説明をした。

「彼は結婚して約6年もの間、毎日毎日かかざす1年365日奥様とするルールなの」

サトシはキョトンとしている。

「あ、申し訳ありませんが毎日するって…」

「男と女がすることなんて1つしかないわよね?」

リリーが呆れながらビールをガブ飲みする。

「毎日って…失礼ですが、女性は月に1度は出来ない期間がありますよね?」

サトシは上目がちで遠慮気味に尋ねた。

リリーはタバコに火をつけて

「その間も休まずするのがルールなの。
ねっ」

と言って斎藤を見た。

斎藤はアッサリと答える。

「そうだよ。
もう日課だから無しが考えられないよ」

サトシはここぞとばかりに

「斎藤様、奥様以外の女性からのお誘いもあると思うのですが全てお断りということでしょうか?」

全国の斎藤ファンが聞きたいことを代弁した。

「お断りというよりも奥さんとする体力を残さないといけないからね。
僕もそんなに若くないし」

「失礼ですが、同じ人と毎日で何年もとなるとマンネリや飽きがないのでしょうか?」

サトシは更に突っ込んで質問をした。

「そりゃ、飽きるよ。
だから色々と努力をお互いにする必要があるんだよ」

斎藤は当たり前の様に答えた。

「努力を具体的にお尋ねしても?」

サトシは次々に湧き起こる疑問を斎藤の顔色を見ながらぶつけてみた。

「努力ってほら、色々あるじゃない?
照明だったり、下着だったり、攻め方だったり小道具使ったりだよ」

斎藤は内容は濃いのに格好良く爽やかにアッサリ答えた。

「浮気する暇も体力もないわよね」

2人のやり取りをタバコをゆっくり吸いながら見ていたリリーが口を出した。

斎藤はニコリと微笑んで

「そういうことだよな」

と言うと髪をかきあげた。

いちいち格好良い。

サトシは言葉を失くして小刻みに頷いている。

リリーはタバコを消しながら話始めた。

「一般的に考えて、それだけ毎日していて避妊も無しで子供が出来ないのって不思議よね。
奥様があなたの浮気を恐れて決めたルール…
奥様は母親になるより女であることを選んだのかもしれないわね…」

リリーは視線をビールグラスに移して続けた。

「子供が欲しくて結婚したわけじゃないんでしょ?
女性には期限があるの。
もし、奥様との子供を望むなら病院に2人で行くことをお勧めするわ。
とにかく奥様と話し合ってみたら?」

そう話し終えてリリーは斎藤を見つめた。

「そうだよな。
そうするよ。
ありがとう」

「今夜も楽しんで」

リリーは悪戯した子供のような顔をして言った。

・・・

「ありがとうございました」

サトシが斎藤をお見送りしてカウンターの上を片付けながら聞いた。

「ママ、あんなにしても子供出来ないって相性が悪いとかあるんですか?」

「そうね。
そういうこともあるわ」

リリーは新しいタバコに火をつけて答えた。

サトシが手を動かしながら言った。

「そうじゃないこともあるのですか?」

リリーは一瞬ためらったが口を開いた。

「今回のケースは奥様が妊婦になるのが怖いのよ。
だって妊婦になったら毎日のルールが壊れる日が来るわ。
だから自分以外の人にって恐れるの…
彼は奥様のことを純粋に愛してるのに彼女は自信がないのよ」

リリーの話を聞いてサトシはある疑問が湧いた。

「ママ、斎藤様の奥様は妊娠しないように何かされてるって事でしょうか?」

サトシは素直に疑問を口にした。

リリーはニヤリと笑って

「さぁね…」

と言ってタバコをゆっくりと吸った。

・・・

今宵はココまで…

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