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『敵は、本能寺にあり!』 第十三話『城狐社鼠の正体』

 摂津せっつから全軍撤退し比叡山ひえいざんを包囲した信長は、浅井・朝倉軍が逃げ込んだ延暦寺えんりゃくじに通告――。

『此の信長に付くならば我が領の荘園しょうえん(寺社私有地)回復してやる。こちらに付けぬならせめて中立を保て。もし浅井・朝倉方に付き、これ以上彼らを囲うならば容赦無く焼き討つ』と。

 しかし、青葉がそよいでいた山が少しずつ色づき始めても返事は無く、浅井・朝倉軍が決戦に応じる事も無かった。

 其の間、摂津では三好みよし氏が野放図に走り、本願寺 顕如けんにょに煽られた一揆勢も各地で暴動。
上洛戦での恨みを晴らし観音寺城を取り返したい六角ろっかく氏までもが、京への通道を遮断しようと湖南こなんで挙兵した。

 無論、信長はうなる事など分かっていた。其れでも“奴等の首を取るまでは!”と、二ヶ月に及ぶ包囲戦――我慢比べを続けてきたのだ。
大将としての責任と、可成よしなりを想う心。
意に染まない、決断の時……。

 光秀は幕府内で囁かれる噂や、家臣 伝五でんご甲賀こうか忍から仕入れた情報を信長に伝える事で、頑なな背中を強く押す。

「比叡山包囲のため身動きが取れぬ事を知った各地の敵対勢力が、この機に乗じて一気に攻め掛かってくる模様――。可成よしなり殿の仇を討ちたいのは山々ですが、ここは一旦引くべきかと……」

 延暦寺の支援を受け籠城を決め込む浅井・朝倉側よりも、長引く不利は信長側にあるのだ。
反勢力が連なるのを問題視した信長は、泣く泣く和平の道を探り、正親町おおぎまち天皇より『講和斡旋を希望す』との勅命ちょくめいを取り付けた。

 豪雪により比叡山と自国の連絡が断たれる不安を抱えていた浅井・朝倉軍は、“渡りに船”と言わんばかり――。三好氏と本願寺も勅命とあらば素直に応じた。
ただ唯一、観音寺城奪還を果たせぬ悪条件で和睦を強いられた六角氏だけは、大名家として事実上の滅亡を招いたのであった。

 ◇

 信長は岐阜城の奥御殿に光秀を呼びつけると、改まった様子で向かい合う。
可成よしなりが守り抜いた宇佐山うさやま城を、光秀に任せたい。京と美濃みの尾張おわりを結ぶ大切な道。敵に奪われる訳にはいかぬ」

 信長からの大抜擢は、光秀が有能な近臣達の中でも頭一つ抜けた事の意――。
慎んで受けた後、人払いをしているにもかかわらず、辺りを見回し声を落とす枢要の臣……彼の念の入れように信長も気を引き締めた。

此度こたびの動乱、本願寺 顕如けんにょが裏で糸を引いておるのは確かですが、それだけではないやもと……」

「ん――、はっきり申せ」

顕如けんにょだけでは、此処まで大掛かりな事はできぬかと存じます。より広い人脈と、より大きな権力がなければ、あの日和見ひよりみの朝倉を戦地に赴かせる事は出来ませぬ。六角をはじめとする敵対勢力の動きも何もかも、連携が上手く行き過ぎではありませぬか。
私は他所に、真の黒幕が居ると考えておるのです」

「であるか――。すれば調べよ、光秀!」

 ◇

 ビュッ――! ダンッ――!! 
冷えた頬の真横を掠めた矢が、正面の壁に突き刺さる。光秀は慌てて身を屈め、左馬助さまのすけ利三としみつに守られながら屋敷の中へ逃げ込んだ。
此の所彼らは、何者かに命を狙われている――。

「光秀様の御命を狙うのは、伊賀いが(三重)者であります」
甲賀こうかから戻り、調べを進めていた伝五でんごの報告に、光秀は溜め息をく。

「やはりな。では、依頼したのは――」

 主君に仕える甲賀忍に対し、伊賀忍は依頼主と金銭で契りを結ぶ。上忍からの命令に従い様々な依頼主の元で任務に当たる下忍らから、依頼した者を探るのは然程難しくは無い――。

 ◇

「……全て、知っておった」
光秀が突き付けた事実に、義昭はずと打ち明ける。
伝五でんごらと共に集めた情報を、信長ではなくまず義昭に申し伝えた過ちに、光秀は今更になって気付くのであった――。



“本能寺の変”には『黒幕』がいた――。
この作品は史実を基にしたフィクションであり、作者の妄想が多分に含まれます。何卒ご容赦頂けますと幸いです。

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