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『敵は、本能寺にあり!』第二十九話『末吹き払へ四方の春風』

 ―本能寺の変、三ヶ月前―

 伝五でんご左馬助さまのすけ利三としみつは光秀に呼ばれ、丹波亀山城を訪れていた――。

「見事な枝垂れ梅。大層雅やかですな」
縁側の左馬助さまのすけが満面の笑みで、庭に咲き誇る梅の花を見渡す。

「二条新御所は如何でございましたか」
勘の良い伝五でんごは、二条新御所から戻った光秀が直ぐに皆を集めた事に、何となく不穏な空気を感じ取っていた。

誠仁親王さねひとしんのう殿下は、信長様について『どのような官でも任ぜられる』と仰られた。朝廷からも、武田征伐の戦勝祝賀として征夷大将軍・太政大臣・関白のいずれかに信長様を推任したいと」

「それは良いご報告ができますな」と返す利三としみつに、うなずいたのかかしげたのか判然としない首を戻し、物憂げな表情で続ける。

「ただ……、信長様に報せるべきか決心のつかぬ事も仰られたので、三人に足労願った」

 伝五でんごは主君のただならぬ気配に、すぐさま人払いをし戸を閉め切る。
佳景が視界から遮られた左馬助さまのすけは、梅見のつもりで用意してきた光秀の好物 “葛のちまき”を出す機会を逃した。
しかし次の科白で彼も其れ処では無いと感悟。

「実は、私が謀反の存分を雑談したと噂されておるそうじゃ……」

「謀反などと、そんな馬鹿げた話がありますか! 信長様も必ずや鼻で笑い飛ばしてくれましょうぞ!」
ついつい大声になる利三としみつに、伝五でんごなだめるような目配せをし首を振る。
其の隣で光秀は、一段と深刻さを増した目で利三を見つめ、続く言葉選びに悩んだ。

「そうなればよいが……。殿下は、利三が信長様討伐の談合に参加したとも仰った。無論、私は利三を信じておる」

「何者かの陰謀かと――」
透かさず伝五が傍輩を庇うと、光秀は勿論だというような穏やかな表情を向け、「利三、今私が『信じておる』と言った時どう思おた」と問う。

「有り難き事と思いました」
きっぱりとした答えに光秀は、スッと目を伏せた。
「信長様が同じように申して下さったとしても、私は素直に受け取る事ができぬやもと不安でのう……」

「光秀様のお気持ちも分かります。ですが、義昭様か毛利氏がはかったと、誰もが考えるのではありませぬか」と伝五が心を寄せ、暫く黙考していた左馬助さまのすけも、おもむろちまきを配りながら私見を述べ始める。
「本願寺が失墜し、義昭様の勢力はかげりを見せておりますが、粘着質で執着心も強いあの御方。雑賀さいか衆や毛利氏を使い、まだ何か仕掛けてくる事は十分ありますな」

 是に大きく頷いた利三としみつが、「比叡山の焼き討ちが尾を引いている可能性も。信長様に恨みを抱く者となると、顕如けんにょ殿に晴門はるかど殿、六角に三好など、後を絶ちませぬから」と意見するも、「もう奴らにそれ程の手腕はないであろう」と皆はあっさり否定。

 だが尚も利三としみつは食い下がる。
「例えば、光秀様をおとしめようと噂を流すだけなら誰にでもできるかと。丹波の直正や波多野を慕っていた者が、光秀様に敵意を向けておるやも」

 光秀が低く唸り「噂だけなら良いが、実際に何者かが信長様の御命をねろうておるなら一大事じゃ……」と危惧する姿から、左馬助さまのすけの脳裏に疑わしい男が浮かぶ。

勝家かついえ殿では? 信長様の弟君 信勝のぶかつ様の重臣であられた折、信長様の御命をねろうた過去があるではありませぬか。
傅役もりやくじゃった平手殿が庇い刺さったやじりには、鳥兜トリカブトの毒まで塗り込まれていたと。
勝家殿は信勝様を裏切り暗殺した張本人であるというのに、今でも“勝”の字を使つこうておられるのが、私はどうも……」

「うむ。平手殿を死に追いやったのは別の重臣であるが、勝家殿が加担していたのは周知の事実。信長様は今でも平手殿の死に胸を痛めておられる。我々には分からぬ御二人の溝が無いとも限らぬな」と光秀の賛同を得た左馬助は、身を乗り出して二の矢。
「光秀様の出世に嫉妬されておる勝家殿なら、その名を汚すいわれもあります」

 其処に伝五でんごから、「勝家殿だけでなく、重臣からの嫉妬は途轍とてつもない……。共謀も視野に入れるべきかと……」と進言されると、光秀は溜息混じりにこぼした。

「信長様が皆の前で、『光秀や秀吉の功績に奮起した勝家を、佐久間も見習うべきであったな』と話された事――。此度こたびいさかいに通じておるやも知れぬ……」



“本能寺の変”には『黒幕』がいた――。
この作品は史実を基にしたフィクションであり、作者の妄想が多分に含まれます。何卒ご容赦頂けますと幸いです。

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